ビッグモーター社の保険不正請求事件は、保険制度の根幹に関わる問題を包含しており、同社を利用していた方に限らず、広く社会に影響を与える可能性があります。金融庁での経験(※)も踏まえ、問題点や今後の見通し、消費者はどうすればよいか、などを整理したいと思います。
保険や自動車を巡る法律や制度は、かなり複雑になっており、不正が行われやすい背景のひとつに、国民(保険契約者)と保険業界側との間の「情報の非対称性」(両者が有する情報の質や量に大きな差があり、不均衡な取引を誘因する)があると思いますので、本稿では「一体なにがどうなっているか」が分かるよう、適宜、制度の説明等を加えております。
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(※)私は、霞が関の省庁間人事で、金融庁で保険業法、損害保険・生命保険制度を担当し、現在のペット保険や家財保険など、それ以前は「共済」として民間で自由に行われていたものを、「少額短期保険業」として、新たに保険業法の規制をかけるという法改正等を担当し、「保険業法Q&A」(保険毎日新聞社)という本を執筆しました。(余談ですが、原稿料・印税等は一切いただいておりませんこと申し添えます。)
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【目次】
#1 ・事案の衝撃
#2 ・保険の不正請求の実態
#3 ・実際にどのような「被害」が生じたか
#4 ・車の販売・修理業と保険代理業を兼ねているのは、どういうこと?
#5 ・損保会社のかかわりは?
#6 ・今後どうなっていく?
#7 ・こうした事態を防ぐために消費者ができること※本件については、各所管省庁による調査等が進められており、事態の進展も想定されますが、本稿は執筆時点(2023年7月31日)での情報に基づいたものです
事案の衝撃
ビッグモーター社については、保険の不正請求や虚偽契約、街路樹問題などが判明しており、その背景に、過大なノルマや恣意的な人事、ガバナンスの欠如、旧態依然の企業文化、非上場の同族経営の弊害等が問われています。今回の件が「一企業の問題」ということで済ませられないポイントのひとつに、「保険の不正請求が、保険代理店であり、かつ修理業者でもある大手事業者によって、大規模に行われていた」という衝撃があります。
「損害保険」は、多くの人々が少しずつお金を出し合って、その中の誰かが事故や災害等で損害を被ったときに、 出し合ったお金で補償する「相互扶助」の制度であり、人生において遭遇可能性のある様々なトラブルについて、金銭的な負担を軽減し、広く薄くリスク分散をするものです。
保険制度は、リスクの異なる契約者が大量に加入することで、保険金を支払う確率が均一化する「大数の法則」がその前提にあります。したがって、故意に保険事故を起こす、被害を実際より大きく捏造する、といった手口で行われる不正請求は、こうした保険原理のバランスを崩すことを意味します。
結果として、保険会社から過大な保険金が支払われる、保険契約者(車の所有者)の次期の保険料が上がる、自動車保険全体の保険料が上がる、といった「被害」が考えられます。
さらに、ビッグモーター社は、自動車整備業も行っているので、果たして、車検や定期点検をきちんとやってくれているのだろうか?という、車に乗る上での、社会の安全安心の根幹に関わる点についても、不安が生じるのではないかと思います。