目次
#1 本題に入る前に
#2 王族の果たすべき責務
#3 人種差別問題
#4 階級社会
#5 旧宗主国と旧植民地
人種差別問題
英国には、現在アジア系・アフリカ系国民が約15%います(その割合は年々増加)。そして、旧植民地で構成される英連邦には、カナダやオーストラリア等のほか、アフリカやカリブの国が多く加盟しています。(現在、英連邦に属する国は54か国、そのうち、エリザベス女王を君主とする英連邦王国は16か国。)多様な人種の人々の君主である女王は、人種差別問題に対して厳格に取り組んできており、王室が人種差別主義者と見られるようなことは、極めて由々しき問題なのです。
ウィリアム王子 が、“We are very much not a racist family.”(私たちは、断じて、人種差別的なファミリーではない。)と、公務で徒歩で移動中に、強い口調でメディアの質問に対して答えたことは、極めて異例なことでしたが、よほど容認できなかった、ということだと思います。
メーガン妃は、息子であるアーチー君に、「黒人の血が入っているから称号が与えられない」旨を述べていましたが、称号の範囲というのは明確なルールに基づくものであり、ましてや、現在、人種を理由として称号を与えないというようなことは、考えられません。1917年の勅許状により、英王室では「王子・王女の身分と陛下・殿下の敬称は、国王、国王の子供、国王の息子の子、皇太子の長男の長男」に与えられることになっており(ジョージ5世による勅許状(※))、したがって、今後チャールズ皇太子が国王になったら、アーチ―君も王子となったはずで、つまり、ヘンリー王子の妃が誰であっても、現時点では二人の子どもに称号は与えられないのです。
(※)ウィリアム王子の子どもで長男以外のシャーロット王女とルイ王子にも称号が与えられたのは、「皇太子の長男」のすべての子に、王子・王女の身分と殿下の敬称を与える、とする勅許が新たに出されたからです。(2013年に王位継承法が改正され、「兄弟姉妹間男子優先制」から「長子優先制」に変わったことから、仮に皇太子の長男の第一子が女子であっても、自動的に王位を継承することになったため、「皇太子の長男の長男」にしか称号が与えられないという1917年の勅許状の限界をフォローする必要があったため。)
一方で、「王室のスリム化」という問題は、英王室でも他国でも、以前から検討が行われてきており、例えば、スウェーデンのカール16世グスタフ国王は、2019年に大幅な王室制度の改正を実施し、7人の孫のうち、長子の子ども以外の5人を、国民からの税金を受け取る正式な王室から除外しました。殿下や妃殿下といった称号が与えられない(公爵や公爵夫人などの称号は維持)こととなり、王室の家族としての公務を果たす必要がなくなる一方で、税金を財源とする王室の手当が与えられなくなりました。
つまり、国民の税金を節約する必要性といった観点から、以前から「適正な王室の規模」についての議論がなされてきており、もし、英王室の規模が縮小される計画の一環として、ヘンリー王子の一家に適用されることがあったとしても、それは、決して人種に基づく差別ではない、ということです。
一方で、メーガン妃が、人種差別的な扱いを受けた経験があるであろうことも、想像に難くありません。当初から英国の多くのメディア報道にも散見されましたし、高位の人物によるものとして公になったところでは、例えば、マイケル・オブ・ケント王子(エリザベス女王の従兄弟)のマリー=クリスティーヌ夫人(ドイツとハンガリーの貴族出身)は、メーガン妃も出席した2017年12月のエリザベス女王主催のランチに、現在では差別的とされる、黒人(北アフリカのムーア人)をかたどったブローチを身に着けて出席、批判を受けて後に謝罪しました。
米国のBlack Lives Matter 運動でも示されたとおり、現代社会においても、人種差別は、多くの国・地域において、強く根深く残っている問題です。(以前に比べたら、制度的・表面的状況は、格段に改善されてきているとはいえ、意識的にも無意識にも、深刻で広範な問題が、依然存在します)。人種差別的な意識を持つ人、そしてそれを実際に態度に表す人は、英国にも米国にも、世界中至る所に存在するのです(トランプ前米国大統領もそうでしたね…)。
王室メンバーから、「生まれてくる子どもの肌の色についての懸念が示された」というのが、事実であるか、そして、人種差別に基づくものであったかどうかというのは、エリザベス女王が言う通り、「記憶が違うこともあり得る」でしょうし、どういう脈絡でどういう意図だったか等を公正に検証の上、評価されるべき(公表されることはないわけですが)ですが、この発言の問題は別にしても、英国(米国その他の世界ももちろん)において、広く人種差別意識や行為が存在すること、そしてそれに苦しむ大勢の人々が存在することは、事実です。
こうした背景があるため、メーガン妃が英王室で人種差別を受けた、と聞けば、米国民(黒人はもちろん、白人も。なぜならば、沈黙は容認と見做されるから。)は、過剰とも思える反応をします。事実関係をきちんと検証していないではないか、とも思うわけですが、長い人種差別の負の歴史を背負い、大統領が人種差別を公言するような国に住む人々にとっては、「絶対に許せない!」ということになるのだと思います。
なお、もちろん、人種差別の対象は、黒人だけではありません。例えば、米国では現在、新型コロナウイルス感染拡大の経緯等に起因するとされるアジア系の人たち(日本人を含む)に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)やヘイトインシデント(人種差別的中傷や無視等)の発生増加を危惧する声が高まっており、在米日本大使館・総領事館は、憎悪犯罪に警戒するよう、在留邦人に呼び掛けています。
(https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMailDetail.html?keyCd=109250)
日本にも、外国籍の方や海外にルーツを持つ方が増えてきました。私たちは、人種差別問題について、差別する側にもされる側にもなり得る、という当事者意識を持って、真剣に考えることが求められているのではないか、と思います。そして、ときに差別は、無意識的に行われるものであることにも、留意する必要があります。
【注記】「黒人」という呼称は差別的なのではないかという議論がありますが、本稿においては、論点を明確にし分かりやすくすることと、近年の米国では、「黒人(Black)」という言葉を、奴隷制度以来不条理な人種差別という苦難を乗り越えようと、闘ってきた人々へのリスペクトを含意する言葉として使われることが多くあることなども踏まえ、「黒人」を使用しています。