「ホークス育成黄金世代」の元プロ野球選手→きくらげ農家へ異色の転身…前例もない中、家族総出で販路開拓

西松 宏 西松 宏

元プロ野球選手が栽培する国産きくらげが「肉厚があり、コリコリ、シャキシャキしていて美味しい」と地元の福岡で評判を呼んでいる。元ソフトバンクホークス内野手の中原大樹さん(32)が福岡県糸島市で家族と営む「結樹農園AGLIS(アグリス)」の糸島産生きくらげだ。プロ野球選手からきくらげ農家へ。異色の転身を果たした経緯や、きくらげの魅力、おすすめの食べ方などについて聞いた。(全2回の1回目)

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鹿児島城西高校時代、通算36本塁打を放った中原さん。長距離スラッガーとして2010年の育成ドラフトで2位指名を受け、翌11年、ソフトバンクホークスに入団した。同期には千賀滉大選手(現メッツ)や甲斐拓也選手(現巨人)などがおり「ホークス育成黄金世代」の一人だ。支配下ドラフト2位には柳田悠岐選手がいた。

現役時代は3軍で活躍したが、けがや故障に悩み、2軍以上の出場経験はなし。2014年に戦力外通告を受け、現役わずか4年でユニホームを脱いだ。

「高校時代はそれなりに注目を浴びていましたが、プロ野球選手としては完全に実力不足でした。入団当初から同期選手のレベルが自分とは違うなと痛感しましたし、負けないように追いつこうと精一杯でした。同期たちが1軍に上がっていくのをみて焦りもありました。ぎっくり腰、肩の脱臼、足首骨折などもしてしまって…。でも、やれることはやり、全力を出し切ったと思っています」(中原さん、以下同)

引退後、結婚。大手引越会社で正社員として勤務し、6年が経ったころ、義父から勧められたのがきくらげ農家だった。

「ちょうど引っ越し作業中にぎっくり腰をやって、体力勝負の現場をずっと続けるのも大変だし、他の仕事をしようかなと思っていた頃でもあったんです。市場に出回っている95%は海外からの輸入された乾燥きくらげといわれていますが、当時はコロナ禍で輸入量が減って価格が上がり、今後は希少な国産きくらげの需要が高まるんじゃないかとの期待もあり、家族で話し合った結果、やってみようと」

 

栽培方法は、兵庫県のきくらげ農家に通って教えてもらった。きのこの一種であるきくらげは、温度と湿度の管理をしっかりすれば、他の作物に比べると、栽培自体そんなに難しくないといい、それも中原さんが挑戦してみようと思った理由の一つだった。最初は小さな規模で栽培をはじめ、次第にビニールハウスでと、少しずつ生産量を増やしていった。

しかし、当初は苦労が絶えなかったという。「糸島で栽培する場所を見つけたものの『前例や実績がないから』と銀行から設備投資のための融資を断られ、家族の貯金で費用を捻出しました。特に冬場はハウス内の温度が下がるのを防いだり、水やりをしたりと、家族総出で交代しながらやっていましたね」

 

一番の問題は販路の開拓だった。営業に長けた義父は「ソフトバンクの選手仲間に協力してもらっては」と提案した。「最初は気が乗らなかったんですが、お願いしてみたら同期の仲間らが次々とSNSで取り上げてくれて」。義父の粘り強い通常の営業に加え、そうした仲間たちからの応援もあって認知度があがり、メディアの取材や企業からの連絡などもくるようになった。

地産地消を推奨する福岡市の小中学校の給食にも採用された。これは今も大きな収入源になっている。福岡特産の明太子ときくらげを合わせた「めんたいきくらげ」や、元ホークス選手で養豚業を営む江川智晃氏とコラボした「鷹○(たかまる)ソーセージ」などの加工品も開発し、人気を博している。

2020年6月の開業からもうすぐ6年目を迎えるいま、販売は順調で、昨年(24年)12月には糸島市内の別の場所に会社を移転。今後は敷地内に直売所なども作る予定だという。

 

「ホークスではほとんど活躍できずにやめてしまったので、元ホークス選手だと胸を張って言えないなって自分の中ではずっと思っていたんです。だけど、僕のことを覚えてくれているホークスファンの方も結構いて、そういう方々が『美味しかったよ』と支え、励ましてくれたのがとても嬉しかったです。『現役のときから応援していました。きくらげでも頑張ってください』と手紙をいただいたこともあります。引退して10年余りが経った今でもそんなふうにずっと応援してくれる方々がいることが、僕の原動力になっています」

きくらげ栽培と奮闘していたころ、長女の友だちから「野球を教えてほしい」との相談を受け、野球を教えることがあった。引退後、野球とは距離を置いていたが、そんな子どもたちと野球に携わっていると「やっぱり野球って楽しい」と心から感じられるようになったという。そこで、技術向上を目指しライバルに差をつけられるようにと、2022年から小中学生向けの「LaiZe野球塾」をはじめた。

また、昨年、次女が野球を始めたのがきっかけで、中原さんが現役時代、ホークスで2軍投手コーチをしていた加藤伸一氏と再会。それが縁で、三菱自動車のディーラーが運営し、加藤氏が現在監督を務めている社会人野球チーム「KMGホールディングス硬式野球部」のコーチを務めることに。昨シーズン、チームは7年ぶりに都市対抗に出場し、現役時代はプレーしたことがなかった東京ドームのグラウンドに、コーチとして立った。

「いまの一番の目標は、もちろんきくらげ事業の拡大です。家族経営なのできくらげの方は家族に基本まかせていますが、きくらげの魅力をもっと多くの人に知ってもらい、食べてもらいたいです。一方、野球に関しては、小中学生に野球の基礎を教えつつ、社会人野球では都市対抗や日本選手権に毎年出場できるようなチームづくりを目指していきたいです」とほほえむ中原さん。二刀流ですねというと「はい。どちらも中途半端で終わりたくない。二刀流で頑張ります」との元気な答えが返ってきた。(2/2へつづく)

「結樹農園AGLIS(アグリス)」&「LaiZe野球塾」ホームページ https://aglisfukuoka.jp

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