「平成の怪物」と称された横浜高校の松坂大輔(現西武)と1998年のセンバツ決勝で戦い、関西大学第一高校卒業後は松下電器を経てプロ入りした久保康友。いわゆる「松坂世代」の最後の大物と呼ばれ、投手としてロッテ、阪神、DeNAの3球団で2桁勝利を達成するなど活躍した。2017年にDeNAを退団し、翌18年にはアメリカの独立リーグ、19年にはメキシカンリーグで投げたが、20年は新型コロナウイルス感染拡大を受けて自宅のある兵庫県西宮市で長い「自粛生活」を送っている。「収入? ないっす(笑)」と明るく言い放つ久保に、現状とこれからのことを聞いてみた。
「野球はもう仕事じゃない」
「現状は完全に自粛状態。練習やトレーニングも全くしていないですね」
インタビュー場所の喫茶店にラフな格好で現れた久保は、こちらが心配になるほど「何もしていない」日常を蕩々と語り始めた。そうはいっても、1980年生まれの40歳。さすがに体力の衰えや体型の変化が気になる年齢なのでは…。
「練習で技術を磨いたりジムで鍛えたりするのはプロの仕事です。僕はプロ野球から身を退いた時点で、野球はもう『仕事ではなくなった』という認識。そもそも、現役時代のような高いレベルでプレーしたいという気持ちも全然ありません。体力や技術が落ちても、そのレベルに合わせて野球ができる場所はいくらでもある。頑張ることは今まで散々やってきたので、もういいです」
「それに、僕が今も海外で野球を続けているのは、野球をしたいからではなく、日本と違う文化を味わってみたいからなんです。以前は人生のほぼ全てを野球に費やしていましたが、今は完全に逆で、人生における野球の重要度はほぼゼロ。少年時代から『将来のために』と、やりたいことをセーブしてきて、ようやく解放された。だから年齢的にどう、というのは全くなくて、余暇を楽しんでいる感覚です。オフの日には大好きな世界遺産を訪ねたりして、今が人生で一番楽しいですね」
収入なし、でも「何もしない日々」
今年はコロナ禍で海外リーグに行けず、国内でもどこにも所属していないため、選手としての収入はない。それなのに(?)久保は特にトレーニングもしていないという。素朴な疑問だが、毎日何をしているのだろうか。
「何もしていませんよ。遅くまでAmazonプライムを見て、昼まで寝ることも。週末には長男(小4)の少年野球チームで教えたりもしています。ここまで家族とずっと一緒にいるのは初めてなので、すごく新鮮だし、良い経験になっています。収入はないですけど、嫁さんには常に『まだ働かなくて大丈夫?』と確認していて、現役時代の蓄えが危なくなったらいつでもすぐ働く心構えはできています」
久保と話していると、野球への執着があまりにも薄いことに驚かされる。コーチの誘いなどもあるにはあるらしいのだが、「教えることに興味はない」「球界の外で、今までとは違うことをやる方が楽しい」と応じず、自身のスタンスを貫いている。
「今はテレビのプロ野球中継もそんなに見ませんし、古巣のチームを応援することもないです。そもそも僕は、野球がそんなに好きではないのかも。もちろん感謝はしていますよ。こんな生活ができているのは、野球のおかげですからね」
粒揃いの松坂世代で、唯一無二の存在に
プロ野球界に在籍した松坂世代の選手は、94人。2020年現在、現役は松坂を含む5人だが、阪神の藤川球児、楽天の渡辺直人が今季限りでの引退を表明している。そんな中、日本を飛び出して独自のペースで現役を続行する久保の存在感は異彩を放つ。
「100人いたら、100通りの人生がある。日本の球界に固執しなくても十分生きていけますし、一度そこを離れたからこそ気づけることもあります。生活の質や仕事、給料を変えたくなくて、現状維持に汲々としている人は多いですが、その“怖さ”を打破した先にある変化は絶対に面白い。人生なんて死ぬまでの暇つぶしだと考えたら、ずっと同じ場所にいるなんてつまらないじゃないですか」
「コロナ禍であらためて感じたのは、ひとつの場所に執着しない僕のような人間の方が、環境の変化には強いということ。新型コロナウイルスは怖いですけど、生きることに対する恐怖は全くありません。日本のルールから外れて海外でプレーしたことによって、人生の選択肢がぐんと増したような気がします」
今年は図らずも“自粛の年”になってしまったが、来年以降の見通しはどうか。
「コロナ禍が落ち着いたら絶対に海外でプレーするつもりですが、来年は難しそうですね。とはいえ、それでまた1年間ダラダラ過ごすのは、さすがにまずい。無理せず楽しみながら、野球を続ける道を探したいと思っています」