「流行に反旗ひるがえす」98歳・石窯パン研究家のレシピが評判 こだわりのパン作り本で出版も

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 「この石窯をロシナンテと呼んでいます。ドン・キホーテのやせ馬のことです」

 石窯パン研究家の竹下晃朗さん(98)=京都市左京区=の庭の一角に、その石窯がある。自ら図面を引いて、娘婿と一緒に作った。この「ロシナンテ窯」で、全粒粉100%(国産小麦)のパンを焼く。

“愛窯”ロシナンテ

 スペインの作家セルバンテスがつづった「ドン・キホーテ」は、騎士道物語に感銘を受けたドン・キホーテが愛馬ロシナンテにまたがって旅に出る物語だ。竹下さんは「ロシナンテに惹(ひ)かれるのは、私自身がやせ馬のような能力しかないから」。でも、おいしいパンを目指してひたむきに自分の道を突き進む姿は、ロシナンテに乗るドン・キホーテより勇ましい。

 父が陶器の貿易販売に従事していたため、オーストラリア・シドニーで生まれ育った。朝食に食べた焼きたてのカントリーブレッドが今も忘れられないという。7歳の時に父が急逝。東京の自由学園へ進学し、同学園男子部第1期生として卒業した。3度召集されるも、ぜんそくの発作で出征せず、自由学園那須農場で主任を務めた。転職を重ねた後、フリーのエンジニアとして活躍し、スチームを加えてパンを焼く業務用オーブン「ブースター」を開発した。

 石窯への憧れがありつつも、自らは持っていなかった竹下さん。70歳の時、娘の夫で庭園デザイナーのマーク・ピーター・キーンさん(61)から背中を押されてロシナンテ窯を一緒に作った。パン作りの工程で重要なのはスチームを十分こもらせて焼くこと。ロシナンテ窯は、炎の上に置いたセラミックボードに水を点滴する構造で、300度の高温スチームでパンを焼くことができる。

石臼びき国産小麦

 石窯を持ち、「おいしくて本物のパン」を作りたいと考えるようになった。目指したのは、小麦の風味を最大限に生かしたパンだ。「売られているパンは、いろんなものを入れておいしくしているように感じる。私はシンプルに国産小麦の味を生かしたパンを作りたい」。市販の全粒粉と石臼でひいた全粒粉との違いは? グルテンが多い粉と少ない粉の違いは? 生地発酵の適温は?…。試行錯誤を繰り返した。

 「小麦を傷めないために石臼でゆっくりひき、生地と相性のよい自家製の麦芽糖を使います。市販のパンは強力粉ですが、私は中力粉。時間もかかるしパン作りも難しくなるけれど、小麦の味を生かしたい。手間を惜しまず、手を抜かず。パンは生きものだから寄り添いたいのです」

 気温や湿度は移ろうもの。同じ日は1日としてない。「前焼いたのと昨日焼いたのでは違う。こうしたらいいなとの思いが次々湧いてきます」

 工房には電動石臼や水分計、焙炉(ほいろ)が並んでおり、さながら実験室。滋味豊かなパンを追い求め、焼くたびに工夫を凝らす。大量生産ものとは異なる味や技法は評判を呼び、市内のカフェで開くワークショップは昨年末、111回を数えた。

 娘夫婦や息子夫婦に見守られながら1人暮らしをする。昨秋、パン研究の成果をまとめた本を出版し、スチームの発生方法やレシピを惜しまず公開した。「流行のパンとは、粉のひき方も焼き方も違います。反旗をひるがえしたこと、伝わるといいですね」と、今年白寿を迎える竹下さんは穏やかに語る。

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