柔らかい上質な白あんを人の手で整形し、折々の季節の趣きを手のひらの中に閉じ込めて形づくっていく「練り切り」。美しい見た目は繊細な細工物にも似て、飽かず眺めてしまいます。上生菓子として茶席でも供されてきた歴史からも、その甘美な魅力に美意識の高い茶人が惹きつけられてきたことが窺えます。そんな「練り切り」を教えてくれる神戸・六甲アイランドの教室「HALE」がひそかな注目を集めています。同教室主宰で練り切りアートマスター講師、藤本ひろみさんに作り方やこだわりについてお話を聞きました。
藤本さんは埼玉出身。大学卒業後は営業職としてハードな業界に採用されます。しかし一日の平均睡眠時間は4時間という過酷さに自律神経が乱れ、身体を壊してしまいます。退職後は結婚し、専業主婦に。10年間主婦業に集中する中でふたりのお子さんに恵まれました。が、下の娘さんが牛乳、卵、小麦粉は摂取できない、という重めのアレルギーを持っていることが判明。外出し、上の娘さんにはケーキをお土産にできても、下の子には食べさせられない…ではその代わりに、ということでデパ地下をぐるぐる回るうちに「練り切り」と出会い、“これだ”と直感したと言います。
―練り切りはどこで学ばれたのでしょうか。
「芦屋にある『日本サロネーゼ協会』で学びました。ここはスイーツやパンの教室を自宅で開けるように技術を教え、資格取得後もサポートしてくれます。もともとここで、アイシング・クッキー講師の資格を取って一年間ほど自宅で教えていたんです。これも既製品のお菓子が食べられない次女のために始めたのですが、あまり向いてなくて(笑)生徒さんも順調に増えていましたが、『練り切り』に出会って、スパッとアイシングはやめて、同協会で練り切りアートマスター講師の資格を取りました」
協会の過程を修了後も、分からないことはどんどん自分で調べ、日本全国の和菓子職人さんにコンタクトを取って教えを乞い、自分の望む「練り切り」を作るべくひたすらに邁進してきた藤本さん。ひたむきに自分の直感を信じ、求めるところを追い続けてきました。神戸の地で練り切りの教室を開いて四年。卒業生はのべ90人を超え、遠く東京や広島の地から教室に通ってくる人が後を絶ちません。年齢層は20代から80代までと幅広く動機もさまざま。生徒さんは「将来海外で仕事をすることを視野に入れている。その際、練り切りを国際交流に役立てたい」という壮大な夢を持つ人から「自宅から近かった」などの思わず親近感がわいてしまいそうな人まで。でも皆、共通しているのは「藤本さんに練り切りを習いたい」という思い。その魅力はどこにあるのでしょうか。
―制作の上で気をつけていることは
「上質の練り切りあん(外側の生地)を作ること。これは必ず私が作っています。まず白こしあんを火にかけて水分を飛ばしていき、練り切りあんに適した硬さにする。これを『火取り』といいます。その火取りあんに、求肥や山芋を混ぜて作ったものが練り切りあんです。この『火取り』が難しい。水分を飛ばし過ぎると固くなって整形しにくいし、食べた時の舌触りも悪くなります。でも柔らかすぎるのはもっといけません、これではきちんと整形できない。練り切りあんさえ良くできていたらシンプルな形でも美しく見えます」
自分の作る形に妥協しない、ということですね。また良い練り切りあんを作るためにはもとになる白こしあんの質が重要、とも。現在、教室では神戸の老舗の製餡所が作る白あんを使用しています。こちらは元々固めに作っているため、火取りの時間があまりかからず、あんこの味もしっかりしているところが気に入っているのだそう。また藤本さんの作る練り切りは発色が大変美しく、生徒さんの中にはSNSで見た藤本さんの作品の色づかいが忘れられず習いに来た、という人もいます。