安来節はゲッターロボか!?さっきまで三味線弾いていたのに、次は鼓…記者を驚かせた「交代劇」

山陰中央新報社 山陰中央新報社

 安来節はゲッターロボかー。安来節保存会員3人組の出張公演を見て、さっきまで三味線を弾いていた人がマイクを握り、鼓だった人が三味線、唄だった人が鼓に入るなど柔軟に役割をチェンジするのを見て、びっくりするとともに興味をそそられた。頭に浮かんだのは、メカ3機の並び順で合体形態が3パターンある往年のロボットアニメ。聞くと、安来節では珍しくないことだという。曲目も、しげさ節、五本松節など他の民謡を交える。融通無碍(ゆうずうむげ)で多彩なステージをつくれるのが安来節の魅力なのか。

 「私も歌っていいですか」。さっきの安来節では三味線を弾いた男性が観客に声をかけ、マイクを握った。5月26日、島根県安来市広瀬町の比田交流センターで開かれたミニデイサービスに出張した保存会員3人の公演のひとこまだ。

 開演前に聞いた予定にない展開に、驚いた。鼓を担当していた女性はすぐさま三味線のチューニングを始め、唄だった女性は鼓を手に取り、どちらも動揺はない。ここまでの曲目は女性の歌声ばかりだったので、男性の歌声も聴けて、観客は楽しんだ様子だった。

 今春、安来支局に着任した記者は鳥取市出身で鳥取県内勤務が多く、安来節をちゃんと見るのは初めて。よく観察すると、この日、八つの曲目を通じて男性は三味線・尺八・唄の3役、女性の一人は踊り・唄・鼓・銭太鼓の4役、もう一人は唄・鼓・踊り・三味線の4役を担当していた。

複数種目を修練

 安来節保存会の内田修次事務局長によると、この例ほど大幅なローテーションは珍しいが、曲目によって演者が役割を代わることはよくあるとのこと。そもそも安来節は唄、絃(三味線)、鼓、踊(おどり)、銭太鼓の5種目あり、会員の半数以上は複数の種目で腕を磨く。唄が分かると、伴奏の三味線がより息を合わせやすくなるなど、複数種目の修練は「自分の芸を助ける」のだという。

 安来節演芸館(島根県安来市古川町)での定期公演を見学すると、この日(6月3日)の演者6人は六つの曲目を3~6人で演じ、一役に専念したのは三味線の男性と唄の男性。最も多い3役をこなしたのは唄・踊り・銭太鼓の女性と唄・踊り・鼓の女性で、別の男性は鼓・踊り、もう1人の女性は踊り・銭太鼓を務めた。

ほかの民謡も歌う

 もう一つ、気になったのは安来節以外の民謡も曲目に取り入れていることだ。

 比田での出張公演は、しげさ節、五本松節、清水小唄、出雲追分を加えた。演芸館はしげさ節と五本松節を曲目に加えたほか、安来節の唄の間に別の民謡の唄を挟む「あんこ入り」という歌い方を披露した。

 内田事務局長は「公演の中で変化を付けて観客に楽しんでもらうため」だと説明する。役割の交代も同じ効果があるという。

世界にも類例ない

 記者がなじみ深いロックやジャズといった洋楽ではメインボーカルの交代や一人二役はあっても、ローテーションのような役割交代はまずない。例えば、ロックバンドのビートルズ。曲によってメインボーカルが交代し、時にエレキベース奏者ポール・マッカートニーさんがピアノの弾き語りをするが、他のメンバーは役割を代わっていない。

 スペインの民族音楽フラメンコは歌、踊り、ギターの三つの組み合わせが鉄則で演者の役割交代はない。フラメンコギターの第一人者パコ・デ・ルシアさんはジャズの楽器を加えてバンド編成し、フラメンコの音楽的可能性を広げる方向に走って新風を吹かせた。

 何と、安来節は融通無碍、自由そのものだ。多彩なステージで観客を楽しませるのはもちろん、演者自らがさまざまな演技を楽しむという精神も大きいように思う。以前、安来節の熟年師範制度について取材した際、絃で熟年師範に昇格した男性が「次は鼓」と新たな種目に意欲を示したのを思い出した。

おすすめニュース

気になるキーワード

新着ニュース