株式会社アプルールが運営する4つの高齢者施設には「ホーム犬」と呼ばれる犬たちがいます。ルル(10歳)、ターチ(3歳)、マリン(4歳)、チロ(1歳)、クリン(1歳)――現在“正社員”として勤務する5頭は皆、元保護犬でした(年齢は推定)。一度は命を落とし掛けた犬たちが、入居者の癒しとなり、時にリハビリのパートナーにもなっているのです。
最初にホーム犬を導入したのは『アプルール秦野』でした。
「初めはペットショップからと考えていましたが、社長が『社会貢献の一つとして、やるなら保護犬で』と。それからいろいろ勉強して、行政の許可を取るのにも時間が掛かって…構想から実現まで5年くらい掛かりましたが、2017年6月にようやくルルとターチを迎えることができたんです」
そう振り返るのは、アプルール秦野のホーム長を務める加藤愛さん。2頭が“入社”した翌月にはドッグトレーナーの資格を持つ小野真理子さんもスタッフに加わり、全国的にも珍しいホーム犬が本格稼働しました。
ホーム犬の一日は朝の散歩から始まります。そのあと朝ごはんを食べて事務所で休憩。午前中に一度、入居者とのふれあいの時間があり、再び散歩と休憩。午後にも入居者とふれあい、夕ごはんと散歩を済ませると18時が“退社”時間です。退社といってもホーム犬はそこが家ですから、そのまま“夜間警備”に入るのだとか。日中も来客があると吠えて知らせてくれると言いますから、優秀な警備犬たちです。
「外から来た人には吠えますけど、入居者様には吠えませんし、飛びつきもしません。ルルは車椅子の方に抱っこされると、その方が飽きるまで降りようとしないんですよ」(加藤さん)
小野さんが「飛びつかないように、杖や車椅子を怖がらないように、不意の動きや音に驚かないように」トレーニングしていますが、それ以前に本能として、「この人たちにはやさしくしないといけない」と感じているようだと言います。
ホーム犬を迎えたメリットは計り知れません。
「まず、入居者様が(犬のいる)事務所に来やすくなって、職員との会話が増えました。ワンちゃんのことを話すと自然と笑顔になりますし、認知症が進んでいる方も、職員の名前は覚えられなくても、ワンちゃんの名前は覚えられたり。投げたボールをワンちゃんが取って来てくれるだけで、リハビリも楽しくできますしね」(加藤さん)
生活の中に犬がいることがいい刺激になっているようです。そして、スタッフにもこんな変化が…。
「人間同士だと『おはようございます』で終わるけど、ワンちゃんには少し高い声で『おはよう!よく眠れた?』とか話し掛けますよね。そういう声を出すと自然と気持ちも上がって、その気持ちのまま現場に出れば、入居者様にも明るく笑顔で接することができる。施設全体が前より明るくなりました」(加藤さん)
いつもギリギリに出社していたスタッフが早く来るようになった、犬が苦手でホーム犬導入に猛反対していたスタッフが大の犬好きになり、小野さんの休日に“ワンコ担当”として世話をするようになった、なんて変化もあったようです。犬好きに変貌した橘川紀美江さんは「この子たちのオヤツを買うために働いているようなものです」と笑顔を見せてくれました。
実は、ホーム犬導入に反対するスタッフは少なくありません。理由は「仕事が増えるから」。無理もないでしょう。ヘルパーの仕事は重労働。秦野以外の施設にホーム犬を迎える際は、事前にスタッフ向けの説明会を5回以上行ったそうです。そうして昨春、3頭の“新入社員”が加わりました。マリンは『アプルール材木座』、チロは『アプルール鎌倉』、クリンは『アプルール大船栗田』に配属され、それぞれの施設で先輩たちに負けない立派なホーム犬へと成長中です。
アプルール秦野では地域の子供やお年寄りが犬とふれあい、さらに食事しながらおしゃべりを楽しむことができる「わんこタッチ食堂」を定期的に開催したり、『NPO法人 ワンちゃんと福祉施設ができること』を立ち上げ、「わんtoケアほーむプロジェクト」を推進したりと、さまざまな取り組みをしています。同プロジェクトは、全国に4万軒近くあるとされる高齢者施設が保護犬たちの受け皿になることで、犬の殺処分ゼロ、高齢者の飼育放棄ゼロを目指そうというもの。昨年8月には施設内に「老犬ホーム」を作り、愛犬連れの入居者が先立った場合も、ホームが責任を持ってお世話できる体制を整えました。
「老犬ホームは入居者様の愛犬だけでなく、たとえば一人暮らしでワンちゃんがいるから入院できない、といった方の情報をいち早くキャッチして、入院中だけでも預かれるような、そんな仕組みも作りたいと思っています。本当に困っている人を助けたいんです。それと、今後は“看取りができるワンコ”が課題になってくるでしょう。今は共有スペースだけのふれあいで入居者様の部屋には入っていませんが、いずれは入れるようにして、旅立つとき、さみしい気持ちが少しでも軽減されればと思います」(加藤さん)
ホーム犬の存在の大きさを実感しているからこその言葉です。