2018年3月にフィギュアスケート競技からの引退を発表した無良崇人さん(28)。プロスケーターとして『浅田真央サンクスツアー』などアイスショーに多数出演し、全国各地を回ってきた無良さんにツアーの感想やスケート普及活動、昨夏に話題となった『艦これ』アイスショーのことなどをお聞きした。
『浅田真央サンクスツアー』はバンクーバー五輪銀メダリストの浅田真央さん(29)が主催するアイスショー。19年5月の開始から約1年半で23都道府県を巡り、無良さんはそのすべての公演に出演してきた中心的存在だ。
ツアー2年目となった19年は滋賀、尼崎、京都と関西での公演が続き、「関西のお客さんは会場内の盛り上がり方というか、熱量がすごい。声援や反応の大きさは関西ならではの圧倒されるような感じがあります」と感心する。
現役の頃は、スケートは仕事のようなものだった。順位や成績への責任も大きかったが、プロになった今は純粋にスケートを楽しんでいるという。
「といっても、サンクスツアーは必ずトリプルアクセルを跳ばなきゃいけない。求められているものへの責任はありますけど、自分のモチベーションにもなっていますね。トリプルアクセルは真央の代名詞でもあるので、『代わりに跳ぶ』みたいな気持ちがあります」
浅田さんの代表的なプログラム、ラフマニノフの『鐘』を無良さんが滑るパートは、サンクスツアーの中でも見せ場のひとつだ。重厚な音楽と無良さんの高いトリプルアクセルが圧倒的な凄みを帯び、ファンからの人気も高い。しかし自身は、総合的に公演を盛り上げる“表に出ている裏方”のような立場だととらえている。
「僕は『花束みたいなものの中のひとつ』だと思ってるんで。メインの花を引き立たせるために僕らがいる。真央は気遣いの人でいつも周りに気を配ってる。出演量も多いし、一番しんどい立ち位置にいる真央のサポートをするのが僕ら。お客さんにちょっとでも感動する気持ちとか圧倒される気持ちとか、いろんな感情を味わってもらえればいいなって思ってます。感動させるメインの役は真央だと思うんで、圧倒させる役割が自分なのかな」
「今までのアイスショーは、家族で見るっていう概念があまりなかったと思うんですよ。そもそも子どもは入れないですし(従来は3歳未満入場不可のものがほとんど)。サンクスツアーは赤ちゃんが泣いてようが、全然問題ないです」
実際に会場へ足を運ぶと、お年寄り夫婦から赤ちゃんまで幅広い年齢層で客席はいっぱい。親子3世代で来ている家族連れも珍しくない。小さな常設リンクでの開催が多いので、客席と氷の距離が近く迫力たっぷりだ。
「常設リンクは客席数が少ないんですけど、地元の人が来てくれることで身近にあるスケートリンクの場所を認知してもらえたり、子どもに『スケートしてみたいな』って思ってもらえたり。それが後々『スケートの普及』に繋がってくると思うんです」
テレビでは羽生結弦選手や紀平梨花選手の活躍が華々しく取り上げられる一方、レジャーとして気軽にスケートを楽しむ機会はどんどん失われている。今年、京都と大阪でスケートリンク新設が相次いだが、全国的に見ると “リンクなし県”は10を超える。鳥取県もそのひとつで、唯一存在したリンクは2006年に閉鎖。無良さんの父・隆志さんが鳥取県出身、無良さん自身が2歳4ヶ月で初めてスケート靴を履いたのも鳥取のリンク、練習に来ることも多かったという縁から、現役選手の頃から鳥取県のリンク整備活動に協力してきた。
「練習環境がないからと才能があるのに選手を辞めてしまう子もいます。僕らがリンクを作る活動に貢献することは、スケート界にできる恩返しのひとつでもあるかなと思っています」