いろんなところで○歳の手習いという言葉が使われているが、本当の年齢が60歳だったことを今回始めて知った。60でなにか始めることを謙遜して言うための言葉なら、50なんてまだまだ青い。
その私が始めたのは着物の着付け。教室に通い始めて1年と3カ月になる。何かを習い始めるというのは、ちょっと気恥ずかしい感じや新しいことにチャレンジするワクワクする気持ちが混ざった複雑な気持ちが湧き上がる。
最初は文字通り汗だくになりながら手順を覚え、とりあえず着付けてはみるが、どうもしっくりこない。衿のあき具合や角度、帯の高さなど、なんどもやり直してお稽古が終わる頃には無駄口も出ないほどへとへとになる。
自分でまあまあ納得できる着付けができるようになってきたのは、1年を過ぎてからだと思う。冷や汗かきながら着物を着て出かける機会を重ね、それが少しずつ自身になっていく。慣れるには数をこなすしかないんだと思う。
教室での楽しみのひとつは、先生方の着物を愛でること。お若い先生方は、華やかな感じがとてもお似合いだし、いつも担当してくださる先生は渋い色味だけれど遊び心のある柄のセレクトが、私好みなのだ。ずいぶん前になるが、蜘蛛の巣の柄の帯をされていた先生に「ずいぶんロックなテイストですね」と声をかけたら、「蜘蛛の巣文様といって、幸せをつかむ吉祥文様なのよ」と教えて下さった。骸骨がお酒を飲んでいるような柄のときもあった。
平安時代から親しまれているこれらの文様とは別に、今どきな柄も多く見られる。猫やテディベアのぬいぐるみ、サンタやクリスマスツリーなども。決まりがややこしい一方で、おおらかな一面もあり、柄を見ているだけでも楽しい。
母と同じ年頃の大先生もいらっしゃるが、どの先生方も粋で凛とした佇まいをされている「いつかこんなふうに着物を着こなしたい」という先生への憧れが手習いのきっかけだった。
通い始めた頃はショートカットだった私も、ようやくまとめ髪ができる長さになってきた。先日は、着物に合うヘアスタイルとして、ボリュームのある髪の結い方を教えていただいた。着物の世界にどっぷりはまると、なかなか抜け出せそうにないが、女ばかりの空間はとても心地がいい。去年できなかったことができるようになる。50を過ぎて成長する感覚を味わえるというのもいい。60になっても、またなにか新しいことを始めてみたいと思う。60の手習い、昔の人はいいことを言うなぁ。