2019年はウィーン世紀末の画家、グスタフ・クリムトの没後100年。「国立国際美術館」(大阪市北区)で開催中の『ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道』展(12月8日まで)に、代表作『エミーリエ・フレーゲの肖像』がお目見え中だ。
さて、クリムトの絵は、背景やドレスを何らかの模様で大げさに盛られていることが多いが、実はその装飾的な画風は、日本美術からヒントを得たフシがある。
セクシーさを強調する、平面的な「和柄盛り」
クリムトは生涯独身だったが、流した浮名は数知れず。女性への熱すぎる情熱は、官能的なヌードデッサン(展覧会にも出品されている)からもうかがえる。『エミーリエ・フレーゲの肖像』のエミーレは、そんな彼に「1枚たりともヌードを描かせなかった」クリムトの生涯にわたってのパートナーだ。
彼女をセクシーに描くためクリムトが用いたのは「脱ぎ」ではなく文様の「盛り」。しかもその文様は、見るからに和柄だ。ドレスには、立涌、渦巻、観世水、鱗、雨、あられ、七曜といったモチーフがクリムトタッチでびっしり描かれている。ベタッとした描き方は織物や蒔絵のように工芸的で、逆に女性の肌を浮かびあがらせる効果を狙っている。仏像の光背のような文様部分は顔周りへ視線を集め、それ以外の背景を墨絵のようにぼんやりさせるのは、見る人の目線をボディラインに導く仕掛けだ。
日本的な要素はまだある。超縦長の画面と、落款を真似したサイン。これは明らかに掛け軸を意識した形だ。作品『愛』では、絵を金箔のような面で囲み、その上に花を描いて、表具風に仕上げている。
19世紀末のウィーンでは、アーティストたちは近代化と国際化にも刺激を受けた。1873年の「ウィーン万国博覧会」には、日本から美術工芸品が出品され、クリムトもそれに衝撃を受けた1人だった。
女も画家のキャリアも輝かせた「ゴールド盛り」
クリムトの、もうひとつの日本的な盛りテクが金。作品『パラス・アテナ』では、肌と髪のふんわり感と対照的な甲冑の輝きが、お互いを引き立てあう。このゴールド盛りが、のちに「クリムト黄金様式」として美術史に燦然と輝くことになる。ビザンチン美術から着想を得たと言われるこの金の多用は、日本人の目からは、琳派の絵や唐織の装束の文様とオーバーラップするものだ。
近代以前、日本の美術はインテリアや道具、着物への装飾が主役だった。世紀末ウィーンで勢いづいた「装飾と美術の融合」に成功したクリムトの作品は、ヨーロッパと日本の美がぐっと近づいた時代の、美しきクラッシュだったにちがいない。