毎日、飼主に寄り添い、心を癒やしてくれるペット。彼ら・彼女らも、飼主を信頼し、頼り切った生活を送っています。もし、飼主が交通事故で入院することとなり、ペットの世話が見られなくなったら、どうなってしまうのでしょうか? ペットを飼っている方であれば、一度は不安に思ったことがあるかもしれません。身の回りに他にペットの世話をまかせられる人がいればよいですが、そうでない場合はペットホテルなどに預けなければなりません。そのための費用も気になります。
今回は、飼主が交通事故に遭って入院を余儀なくされた場合に、ペットの預かり費用が損害賠償として認められたケースをご紹介します。
▽1 横浜地方裁判所平成6年6月6日判決
被害者は犬を飼っていましたが、突然の交通事故で左足を骨折する大怪我を負い、約1年半もの長期にわたって入院を余儀なくされました。入院期間中、飼主である被害者は、犬を警察犬訓練所に預けており、この間の預かり費用132万円あまりの賠償を加害者に対して求めた、という裁判です(念のためですが、被害者はこれ以外にも賠償請求を行っています。預かり費用は数ある費目の中の一部です)。
裁判所は、被害者には同居の家族がいたという前提事実をもとに、被害者でなければ犬の世話が全くできなかったという事情も、家族が犬の世話を全くできなかったという事情もない本件においては、預かり費用の全額を損害賠償として認めることはできず、約半分の65万円の限度で賠償責任を認めました。
なぜ半額だけ認められたのかは、何も理由が示されておらず、不明です。しかし、この裁判の理由付けに従うのであれば、飼主が独身である場合や、同居の親族がいても何らかの事情でペットの世話が全くできない状況に置かれていた場合であれば、自分が事故の影響で世話ができない間、訓練所、ペットホテルやペットシッターといった第三者にペットを預託した費用の全額が賠償金として認められることになります。
▽2 大阪地方裁判所平成20年9月8日判決
事故の影響でペットの世話が困難になった家族が第三者にペットを預託した、その費用の賠償請求を全額認めた裁判例として、大阪地方裁判所のケースをご紹介しましょう。
こちらのケースでは、飼主は、ミニチュアダックスフンドを迎え入れてわずか1ヶ月後に交通事故に遭遇し、237日間の入院を余儀なくされました。飼主家族は幼い子どもたちがいたところに被害者の看病も重なって、とても犬の世話がしきれなくなったため、犬はペットホテルに預けられました。そして、120日間の預かり費用32万円の賠償を加害者に請求したのです。
裁判所は、飼主の家庭環境に照らすと、交通事故が原因で犬を一定期間預けなければならなかったことは社会的に相当なことであるとして、加害者は32万円の預り金の全額を被害者に賠償すべきと判断しました。
また、この飼主は、事故の影響で右足全体に著しい機能障害が残るなど深刻な後遺症が残ることとなってしまったことから、犬を飼い続けることを諦め、預けていたペットホテルにこの犬を譲り渡しました。そして、1ヶ月前に購入したばかりの犬を事故によって手放さざるを得なくなったとして、加害者に対し、犬の購入費用18万8000円の賠償も合わせて請求していました。
しかしこの点について裁判所は、犬の購入が事故の損害とは言えないこと、手放さざるを得ないとしてもどのように譲渡するか等については飼主家族の判断によるものであるから、購入費用の賠償は事故とは無関係だとして、この賠償請求については認めませんでした。
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このように、飼主が事故に遭遇してペットの世話が難しくなったときに、身の回りに他にペットの世話ができる人物がいないため訓練所・ペットホテルやペットシッターといった第三者に預けざるを得なくなった場合は、その預かり費用を後日損害賠償として加害者に請求することができます。
預かり費用の全額が認められるかどうかは、上記2つの裁判例でもおわかりのようにケース・バイ・ケースですが、後日補填される可能性は十分にあるわけですから、事故で面倒が見られず、周囲に面倒を見てもらえる人もいない場合は、ペットの生存を重視して、躊躇せずにペットホテルなどの預かり業者に相談して、自分が入院等でペットの世話ができない期間中は代わりに世話をしてもらうべきでしょう。そして、事故の損害賠償交渉をするにあたっては、この分野に精通した弁護士に相談・依頼することをお勧めします。
◆石井 一旭(いしい・かずあき)京都市内に事務所を構えるあさひ法律事務所代表弁護士。近畿一円においてペットに関する法律相談を受け付けている。京都大学法学部卒業・京都大学法科大学院修了。「動物の法と政策研究会」「ペット法学会」会員。