コンビニで買い物をしようとして、設置されていたリードフックに愛犬を繋いでいたら、見知らぬ男に犬を蹴られて、止めに入った飼い主まで暴行を受けたというニュースが話題になったことがありました。
「まいどなニュース」の記事よると、蹴られたのはもと保護犬だったフレンチブルドッグ。店内に入ろうとした際にすれ違った男が、愛犬の横腹を蹴りました。止めようと思った飼い主がとっさに男の胸ぐらをつかんだところ、男は飼い主の顔面も拳で殴ってきたといいます。
警察が駆けつけ現場検証が行われましたが、その際は飼い主も「男の胸ぐらをつかんだことが暴行罪に当たる」として、飼い主・男双方が「被害者でありながら加害者」という状況になりました。刑事からは、飼い主が胸ぐらをつかんだことに対して、『犬は器物だから正当防衛にはならない』と告げられたといいます。また蹴られた犬について『もと保護犬でトラウマがあるから今後が心配』と飼い主が伝えたところ、『犬に聞いてみないとわからないですよね』というような返答が返ってきたといいます。
その後飼い主は、自身に対する暴行・傷害罪で警察に被害届を出したそうですが、今回のように「動物に危害を加えられた」時には、どこまで加害者の責任を問えるのでしょうか。ペットに関する法律問題を取り扱っているあさひ法律事務所・代表弁護士の石井一旭氏が解説します。
動物に対する暴行
犬猫をはじめとしたペットに対する暴行は、動物傷害罪(刑法261条)と、動物の愛護及び管理に関する法律(以下「動物愛護法」といいます。)44条1項違反に該当する犯罪です。今は動物愛護法違反の方が5年以下の懲役または500万円以下の罰金と重罪とされていますので、こちらの刑により処断されることになります。
加害者から暴行を受けた飼い主の方は、今回、自身に対する暴行・傷害罪で警察に被害届を出されたとのことです。同時に愛犬が虐待されたことを理由として、動物愛護法違反で告訴しても良いケースだと感じます。
愛犬の被害について民事事件として請求できることとしては、加害者に対して不法行為に基づく損害賠償請求をすることができます(民法709条)。具体的には、犬の治療費、通院費、着せていた服が破れた、リードが切れたなどの物品損害があればその弁償などがこれに当たります。
愛犬の被害として、トラウマになってしまった、という点はどうでしょう。人間からいきなり乱暴を受けては、犬が怯えるようになることも無理からぬところです。ですが、不法行為によってトラウマを負った、という主張は、不法行為とトラウマとの精神医学的因果関係の証明の難しさから、裁判上、人間でもなかなか認められないところです。物言えぬペットの場合はさらに難しいでしょう。犬の心理の専門家であれば証明できるのかもしれませんが…残念ながら犬のトラウマについて加害者の賠償責任が認められたという話は私も聞いたことがありません。
愛犬が被害を受けたことについて、飼い主さんの損害として、慰謝料請求をすることも考えられます。
慰謝料については、「物」であるペットへの加害については裁判でもなかなか認められないと言われているところですが、ペットが死亡あるいは重症を負うような重大な加害行為の場合には飼い主の慰謝料が認められるケースも見られるようになっていますし、本件のような、なんの落ち度もないのに突然不合理な加害行為を受けたというようなケースでは、飼い主さんの精神的苦痛も相当に大きいと考えられますから、ある程度の慰謝料が支払われてしかるべきかと考えます。
「犬は『器物』で正当防衛にはならない」は本当か
本件では、被害者の方は愛犬を守ろうとして加害者の胸ぐらをつかみ、これが暴行罪に当たるということで、その意味では加害者にもなってしまったそうです。そして、刑事からは「犬は器物だから(あなたの行動は)正当防衛にはならない」と言われた、ということです。
しかしこれは誤りです。
正当防衛(刑法36条)は「自己又は他人の権利を防衛するため」と規定しています。確かに犬は法律上「物」ではありますが、この場合「飼い犬」なので、飼い主さんには所有権があります。この所有権という「権利」を防衛するためであれば、正当防衛が成立する可能性があります。
正当防衛の成立には、その他、①急迫不正の侵害があること、②防衛の意思があること、③防衛の必要性があること、④防衛行為に相当性があること、といった要件を満たすことが必要になります。
飼い主の方はいきなり蹴りつけてきた加害者から飼い犬を守ろうとして胸ぐらをつかんだだけで、凶器で加害者を攻撃するような過度の防衛行為に及んだわけではなく、加害者に怪我を負わせたわけでもありません。そうすると、飼い主の方の行為は正当防衛が成立し、犯罪にならないと考えます。
正当防衛の成否の判断をとっさに行うことは専門家でも難しいです。しかし「防衛行動が違法かどうか」を迷っていては、大切なものを守る機会を逸してしまうおそれもあります。やむを得ず防衛行動に出ざるをえない場合でも、できる限り冷静に対処し、相手を攻撃するような対応に及んだり、加害が終わったのに後追いで攻撃を加えたりといった、「やりすぎないこと」だけは、心がけておいてください。
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【今回解説した記事】
▽愛犬が知らない男に蹴られた→飼い主まで殴った加害者の身勝手な理由に怒り心頭 凶悪犯罪の予兆となりうる「動物虐待」に厳罰を
https://maidonanews.jp/article/14745255