「愛犬の鳴き声がうるさい、精神的に参ってしまったから慰謝料を払えとお隣さんから文句を言われています。そんなに大声で吠えているわけではないですから、クレーマー気質のお隣さんが大げさに言っているだけだと思うので、特に取り合わなくても問題ないですよね?」との相談が寄せられました。
飼主にとっては気にもならない愛犬の吠え声も、他人からは騒音に聞こえてしまう場合もあり、トラブルの原因になりえます。今回は犬の吠え声の法的問題についてお話します。
▽1 放置しておくと法的な問題に発展することも
犬の吠える声、楽器の演奏音、作業場から漏れる機械音などといった騒音問題はご近所トラブルの一種ではありますが、取り合わずに放置しておくと法的な問題に発展する可能性があります。
民法718条1項は「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う」と定めており、飼い犬が損害を与えた場合の飼主の賠償責任を定めています。つまり、愛犬の吠える声で近隣住民の安眠が妨げられるとか、生活の平穏が害されるとか、その結果精神的な苦痛を被った場合、飼主は通院治療費や慰謝料といった損害を賠償しなければならないのです。
また、決して許されることではありませんが、飼い犬の吠える声が原因で障害沙汰に発展したケースもあります。
安易に問題がないと決めつけることは危険です。
▽2 裁判例
京都地方裁判所平成3年1月24日判決では、「一般家庭における飼犬の騒音(鳴き声)…による近隣者に対する生活利益の侵害については、健全な社会通念に照らし、侵害の程度が一般人の社会生活上の受忍限度を超える場合に違法となる」と示したうえで、夜中に吠え続けたり原告の来客に激しく吠え立てたりするなどした犬の飼主の責任を肯定しています。
また東京地方裁判所平成7年2月1日判決も、午前1時や午前5時ころに鳴き続け、交渉にも応じなかった、ピレニアンマウンテンドッグ2匹を飼育していた飼主に対して、「住宅地において犬を飼育する以上、その飼主としては、犬の鳴き方が異常なものとなって近隣の者に迷惑を及ぼさないよう…日常生活におけるしつけをし、場合によっては訓練士をつける等の飼育上の注意義務を負う」と判示して、責任を認めました。
いずれの裁判でも、吠え声(騒音)自体もさることながら、苦情に取り合わなかった飼主の態度も問題視されています。
動物愛護管理法も、「動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者として動物の愛護及び管理に関する責任を十分に自覚して…動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、生活環境の保全上の支障を生じさせ、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。」と定めており(同法7条1項)、飼い犬が吠える声で他人に害を加えたり、生活環境を害したり、他人に迷惑を及ぼすことを戒めています。
しっかりしつけをして犬に無駄吠えをさせないようにする、多頭飼育の場合は里子に出すなどして飼育数を減らす、ストレスを感じているようであればストレスを解消する方法を取るなど、飼主として必要な責任を果たしましょう。
高齢の犬が認知症になり、夜鳴きが始まるケースもあるそうです。そのような場合は獣医師に投薬治療を相談したり、場合によっては自宅に防音設備の導入を検討する必要も出てくるでしょう。
そして何より重要なのは、苦情を述べている近所の住民の声を安易に無視することなく、再発防止に向けた努力をしていることを真摯に説明して、理解を得てもらえるように努力する必要があるでしょう。
◆石井 一旭(いしい・かずあき)京都市内に事務所を構えるあさひ法律事務所代表弁護士。近畿一円においてペットに関する法律相談を受け付けている。京都大学法学部卒業・京都大学法科大学院修了。「動物の法と政策研究会」「ペット法学会」会員。