“私人逮捕系”“世直し系”YouTuberが問題になっています。今般、チケット不正転売の疑いをかけて追いかけ回す動画をYouTubeに上げた行為が名誉棄損の疑いで、覚せい剤の共同所持や使用を持ちかけた行為が覚醒剤取締法違反(所持)の教唆容疑として、“私人逮捕系”YouTuberがそれぞれ逮捕されました。
彼らの行動の問題点は、そこにとどまりません。
一連のどういった行為が、法律上どう問題があるのか。報道により「過剰でなければよい」「犯人であればSNSに晒してよい」といった誤った風潮が広がり、あるいは逆に、被害者救済等に貢献するはずの、適切な「私人逮捕」にまで悪いイメージが広がってしまうことは、日本の社会にとってもマイナスと思われますので、ここで全体像を整理してみたいと思います。
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【ポイント】
▽そもそも「私的制裁」は認められない。
▽犯人だからといって、SNSに晒してよいわけではない。
▽「私人逮捕」は、犯罪事実が明白な場合に、必要かつ相当な限度で行わねばならない。
▽「私人逮捕」でやってよいことは、あくまでも一時的に身柄を拘束することだけ。おとり捜査や取り調べ等はできない。
▽“私人逮捕系”“世直し系”YouTuberの行為自体が、刑法等に違反する場合も多い。
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(※)各法律の規定の解釈や事例への当てはめ等については、さまざまな学説や判例があり、また、法律上の構成要件に該当する場合でも、実際に捜査・起訴・有罪とされるかどうかは、個々の事例によります。本稿はあくまでも、一般の方向けに「“私人逮捕系”“世直し系”YouTuberの問題点」に関する法律論を、分かりやすくご説明する趣旨のものです。参照条文は、まとめて末尾に載せております。
そもそも、根本的な発想に問題がある
“私人逮捕系”“世直し系”YouTuberの行動原理のひとつとされる、「犯人(と思われる人)を捕まえて、『SNS等に晒す』ことで、制裁を課し、同種の犯罪の抑止力とする」という発想自体に、大きな問題があります。
法治国家である日本においては、「私的制裁」は認められません。
なにかしらの罪を犯した人であったとしても、「法律に基づいて、きちんと警察が捜査し、検察が起訴し、裁判所が有罪として量刑を決定する」という慎重で適正なプロセスを経ることによって、罰が科されることになります。正当で公的な権限の無い人が、自己判断で人を捕まえて制裁を加えるようなことは、判断や罰の内容の妥当性が全く担保されず、人権は容易に侵害され、社会の秩序を保つことができなくなります。法律の定める手続によらなければ、人の自由を奪い、刑罰を科されることがあってはならないのです。(憲法31条)
こうした点について、今週出演した番組でも、「痴漢や盗撮といった犯罪については、私人逮捕をして、SNSにのせることで、抑止力にすることが望ましいのでは」というご意見がありました。確かに、お気持ちは十分理解できるところではあるのですが、仮に犯人であったとしても、抑止力を発揮する手段としての私的制裁は認められませんし、SNSに晒すことは、後述するように、名誉棄損罪等に該当する場合もあります。
ただ、そうは言っても、巧妙化し頻発する痴漢や盗撮等の現場に、警察官等が居合わせてくれることは稀ですから、被害者救済のためには、私人逮捕(犯行事実が明白な現行犯である場合に、必要かつ相当の限度で、一般人が一時的に犯人の身柄を拘束すること)を、周囲の方が協力して行うといったことは、意義が大きいと思うのですが、その場合でも、あくまでも要件を満たす場合に限って、適切に行われることが必要ですし、「SNSに晒す」ことは認められません(なお、それが実は冤罪であったといった場合には、犯人とされた人の名誉や生活等の回復が著しく困難で、取り返しのつかない問題となるということは、言うまでもありません)。
周囲の方の適切な協力、そして、警察や鉄道会社等によるパトロールや、各種防犯・啓発活動など、多方面から引き続き有用な対策が講じられることが強く望まれます。
SNSに晒すことの問題点
これもごちゃまぜに論じられている感がありますが、「私人逮捕」と「その場面をSNSに晒すこと」とは、全く別の話です。たとえ、私人逮捕が適切に行われ、本当に犯人であったとしても、同意なくその姿をSNS等に晒すことは、肖像権やプライバシー権の侵害、名誉棄損(刑法・民法上)、民法上の不法行為として損害賠償責任が問われる可能性等があります。
刑法の名誉棄損罪の構成要件は、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損」すること(刑法230条)ですが、これは、実際に犯罪を行っている人の名誉も保護の対象となります。刑法は「事実の有無にかかわらず」としており、真実を暴露した場合でも、名誉毀損罪が成立します。
名誉棄損罪は、①事実に公共性があり、②公益目的で、③事実が真実であると証明される場合には、違法性が阻却されることになっています(刑法230条の2第1項)。
「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす」(刑法230条の2第2項)とされていることから、本当に犯人であった場合に①を満たす可能性はあるとしても、再生回数を上げ自身の広告収入を増やす、あるいは、私的制裁を加えるといったことが、②公益目的であると認められるのは難しいでしょうし、③真実性についても、冤罪の場合はもちろんのこと、例えばチケットの不正転売(「業として」行っている反復継続性が必要)のようなケース等、警察のきちんとした捜査を経ずに、その時点では犯罪に該当すると判断することは困難な場合が多いでしょう。
なお、テレビ等では、警察が逮捕・移送する被疑者の映像が流されますが、あれは、現行犯逮捕ではなく通常逮捕(警察がきちんと捜査をし、裁判所に令状を請求し、発付された令状をもって行われる逮捕)で、主として重大事件等に関するもので、メディアには公共性や公益目的が認定される場合が多く、“私人逮捕系”YouTuberとは大きく異なります(ただし、「推定無罪」の原則に照らせば、犯罪に関するメディアの報道にも、全く問題が無いとされているわけではありません)。
また、鉄道会社では、「動画共有サイトへの投稿など、個人の営利活動につながる撮影行為はお断りする」(東京メトロ、JR東日本)としているところもあり、その点でもルール違反ということもいえると思います。