「不治の病の平癒祈願は因幡薬師さまへ」と昔から言い伝えられ「がん封じのお寺」として知られる京都市下京区の因幡堂(いなばどう)平等寺。住職の大釜諦順(たいじゅん)さん(69)、眞照(しんしょう)さん(66)夫妻が世話する「チョビ」(オス、推定8歳)は参拝者の間で「幸運の寺猫」と呼ばれている。
元々は地域猫で警戒心が強かったチョビだが、今では住職のことが大好き。御祈祷のときは住職や参拝者のそばに寄り添うことが少なくなく、いつからか「お参りの際、チョビに会えたらいいことがある」と言われるようになった。眞照さんは20年以上にわたり犬猫の保護活動もしており、寺では定期的に保護団体主催の譲渡会が行われている。チョビのことや保護活動のことなどについて夫妻に話を聞いた。
眞照さん 今から10年ほど前、寺の周囲に野良猫が子どもを産んで猫がたくさん増え、このままではあかんと、捕獲し不妊手術をして元の場所に戻す地域猫活動(TNR=Trap、Neuter、Return)を個人的にしていたんです。これまでに何十匹もTNRし、チョビもその中の1匹です。
諦順住職 チョビは若いころは今と違って攻撃的な子やったんですよ。他の猫と徹底的にやり合っていましたよ。気が強くて、全然触らせてくれんかったです。触ろうとしたら爪を立てた厳しめの猫パンチが飛んできて、出血したこともありましたな。でも3歳くらいのときに去勢してからは性格が穏やかになり、ご飯をあげ続けていたら、次第に寺の境内に住み着くようになったんです。
眞照さん 当時、チョビは「にゃー」と鳴かなかったんですよ。寺の隅っこに隠れて、つぶれたようなかすれ声で「イーッ」といってました。「野良猫は昼間、じっと身をひそめ、夜になると活動する。『にゃー』と鳴くと目立つからあまり鳴かへんのや」と猫に詳しい方が言っていたのを聞き、猫なのに堂々と「にゃー」と鳴かれへんのんかと、可哀想で涙ぐんだこともありました。
諦順住職 それから1年くらい経つと、本堂の中にも入ってくるようになり、爪を立てない優しい猫パンチに変わりましてね。なにがきっかけかはわかりませんが、だんだん私にだけは体を触らせてくれるようになったんです。そうなると、今度は急に甘えだしまして。今では何度も「にゃー」と大きな声で鳴いて、私の行くところ行くところ、ずっとついてくるようになりました(笑)
眞照さん 御朱印を書いていたら、チョビがやってきて、御朱印帳の上に肉球の足跡がくっきりとついてしまったことがあってね(笑)。一度きりの偶然でしたが、その御朱印帳を持ってこられた方は「これは縁起がいい!」と大喜びで帰っていかれました。
諦順住職 本人やご家族が重い病気を患っているという方も多く参拝に来られます。祈祷しているとき、チョビは参拝者のそばでじっとしていたり、時には膝の上に乗ったりすることもあります。猫が自分に寄り添ってくれた、というだけで、それまで病気なんかに負けず頑張らなあかんと、ピーンとはっていた気持ちがふと緩み、「猫が来てくれたんやから、いいことあるかもしれん」と。人ってほんのちょっとしたことで心持ちが変わり、前向きになれたりするんですよね。チョビにはそんなふうに人の心を癒す役割があるのかもしれませんね。