京都市右京区の臨済宗大本山妙心寺にある壽聖院(じゅしょういん)は、石田三成公が父・正継公の菩提寺として1599年に創建。国指定重要文化財の「石田正継像」や、同一族の供養塔などがある。一般拝観は行っていないが、檀家や熱心な参拝者らの間でひそかに人気なのが、西田英哲住職(44)の飼い猫「彼岸(ひがん)」(オス、7歳)だ。大分の寺に迷い込んだところを、当時修行僧だった西田さんに救われ、一緒に京都の同院へとやってきた。出会いのきっかけや、同院での暮らしぶりなどについて、西田住職に話を聞いた。
今から7年前、住職になるため、大分のお寺で修行をしていた頃でした。3年目の秋のお彼岸の時期に、法要が終わって私を含む修行僧(10数人)が、老師(師匠)とともに昼食をいただいていたら、突然、台所のあたりから、か細い「にゃー」という声が聞こえてきたんです。ご飯の匂いにつられたのか、ガリガリに痩せた子猫が迷い込んできたようでした。
でも、食事中はしゃべるどころか物音ひとつ立てたらあかんという厳格なルールがあるんです。それで子猫のことが気になりつつも、黙々と食べていたら、老師が「何してんだ、早くつかまえろ!」と叱りはってですね。「はいっ!」と、私と数人とで子猫のもとへ飛んでいきました。最初はシャーっと威嚇していましたが、右後脚をケガしていて素早く動けなかったこともあり、すぐに保護することができました。
私は食事担当で一番上の役職でした。それで、その日から子猫の世話は私がすることに。脚のケガの手当てのため病院へ連れていき、毎日餌をあげ、夜は私の布団で一緒に寝るようになりました。
保護して1週間ほどが経ったとき、老師が「いろいろ考えたんだけども、猫の名前は『彼岸』に決めました。以上」と。老師は修行僧にはいつも厳しいんですけど、実は猫好きで猫にはとても優しい方だったんです。「彼岸」というのは、仏教では「迷いのない悟りの世界」を意味します。そんな大変ありがたい名前を老師からいただいたわけです。
修行僧にとって特に冬は寒くてつらい時期。夜寝るときは、布団を二つ折りにした柏布団だけ。暖をとるものが他になにもないので、他の修行僧たちが私のところへ「彼岸を貸してくれ」とよくやってきたもんです(笑)。湯たんぽ代わりですね。彼岸も嫌がったりせず一緒に寝て、きちんとその役割を果たしていました。
老師からは「おまえたちは煩悩ばっかり持っているけれども、彼岸を見てみろ。目の前のことだけに集中して、今を生きている。おまえたちも見習え」とよく言ってはりましたねえ。その教えは今も、その通りやなと日々感じます。
彼岸と過ごすようになってしばらく経ったころ、ここ(壽聖院)で住職をしないかとの話があり、半年後に帰ることになりました。彼岸はすでに私にすごく懐いていて、私も可愛くてしょうがなかったので、一緒に連れて帰ることに。旅立つとき、修行僧たちが見送りのためずらりと並ぶ前で、私は彼岸を大事に抱えながら「長い間、お世話になりました」と頭を深く下げたんです。本来なら感動の場面なんですけど、猫を抱えた僧なんてこれまでいなかったので、みんな爆笑でした。老師も「前代未聞だよ、あんな挨拶は」と半ばあきれ顔でした(笑)。そして、一緒に新幹線に乗り、ここへやってきた次第なんです。