有害性が指摘される有機フッ素化合物「PFAS(ピーファス)」が東京・多摩地域など各地で検出されている。PFASは自然界で分解されにくく、長期にわたり環境を汚染するほか、健康被害も懸念されている。具体的な影響や解決への課題を専門家に聞いた。
京都大医学研究科の原田浩二准教授(43) =環境衛生学=に話を聞いた。原田准教授は2003年頃からPFASに関する研究に取り組み、多摩地区住民の血液中に含まれるPFAS濃度の測定に協力したほか、沖縄県内7カ所でも同じように調査をしている。
▽環境汚染、健康被害の懸念も
PFASは「ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物」の略で、4700種以上にわたる化学物質の総称。ほとんどが人工的に作られ、水や油をはじく、熱に強いといった特徴がある。代表的な物質として、フッ素系はっ水剤や泡消火剤に含まれる「PFOS(ピーフォス:ペルフルオロオクタンスルホン酸)」や、フッ素樹脂製造に使われる「PFOA(ピーフォア:ペルフルオロオクタン酸)」が挙げられる。
PFASは1940年代後半から商業的に開発されるようになり、徐々に用途が広がった。現在はフッ素加工のフライパンやはっ水仕様の衣類、塗料など身近な製品に使われている。
PFASは自然界で分解されにくく、土壌に染み込むと広範囲で環境を汚染する。原田准教授は「(PFASが自然界に流出すると)まずは土壌を汚染する。次に、汚染源から徐々に広範囲に流出し、地下水に流れ込むと水道水の汚染にもつながる」と問題点を指摘した。流出した場所だけでなく広範囲に汚染が広がることが、PFAS特有の問題とした。
研究が進む中、健康への影響もあると分かってきた。原田准教授によると、PFASを含む地下水が飲み水に使用されるなどして人体に入り込むと、脂質異常症や恒常性疾患、一部のがんを発症するリスクが高まるとみられる。
▽流出の原因は?
PFASはどうやって自然界に流出するのか。原田准教授は「よくある事例は、泡消火剤を使用した場所周辺での土壌汚染」と説明した。泡消火剤は一般的な消火剤とは異なり、泡の塊で火を包み消火する仕組み。ガソリンなど火力が強いものの消火に使われ、日本国内では自衛隊基地や米軍基地、立体駐車場などに設置されている。泡消火剤の使用以外にも、半導体の製造工場や産業廃棄物の処分場で流出するケースがあるという。
PFASを体内に取り込んでしまう主な原因は、PFASを含む地下水を飲み水として使用すること。
原田准教授によると、フッ素加工のフライパンなどは製造段階でPFASが使われるが、製品として使用するだけで健康被害が起きる可能性は低い。はっ水スプレーや防水仕様の衣類も口に含むものではないため、健康への影響はほとんど考えられないという。
フライドポテトの容器やハンバーガーの包装紙といった食品包装にPFASが使われている場合は口から体内にPFASを取り込んでしまうことが懸念されている。米国では食品包装へのPFASの使用を問題視する動きが広がり、一部のファストフード店などが規制している。
▽汚染拡大、防止するには?
汚染拡大を止めるためには何が求められるのか。原田准教授は「きちんと実態を調査し、問題を上流から把握する必要がある」と指摘した。
厚労省は2020年4月、水道水に含まれるPFAS濃度削減の目標値を定めたが(1リットル中にPFOSとPFOAの合計値50ナノグラム)、目標値を守ることが義務化されているわけではない。測定も義務でないため、実情を把握することが困難という。
2024年度からは水道行政が環境省に移管されるが、現在は水道水は厚労省、公共用水などは環境省と管轄が分かれている。厚労省の管轄の中では、水道水の汚染に意識が向きづらく、原田准教授は「われわれが口にする可能性がある水道水にまで注意が向いていなかった」と指摘した。
また「潜在的な汚染が起きていないか調査することが必要」(原田准教授)と強調した。水道水の成分を調査するだけでなく、PFASを使用している事業所で流出の有無を調査するなど、汚染の原因を把握することも重要という。多摩地域や沖縄以外の地域でも地下水から基準値を超えるPFASが検出され、汚染は特定の地域だけの問題ではないと考えられる。
2020年5月、環境省はPFOSやPFOAを水環境調査の要監視項目に追加し、各都道府県は毎年、公共用水域などで含有量を調べている。これまでに山陰両県内で基準値を超えるPFOS、PFOAが検出されたことはなく、両県とも引き続き調査をする予定。
水汚染が各地で検出され、耳にするようになった「PFAS」という言葉。当初はなじみが薄く、汚染の実感もなかったが、環境や人体への影響、汚染の過程を知り、今後は身近な調査結果などに注意したいと思った。