日本学術会議、任命拒否問題はどうなった 2つに絞られた論点、いまも6名足らない状態が続く

北御門 孝 北御門 孝

日本学術会議を取り上げたい。なぜ、いまなのかと言うと令和4年4月に「学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か」(岩波新書)が発刊され、改めて6人の当事者の方たちの著書を読む機会を得たからだ。周知のとおり、2020年10月当時の総理・菅義偉氏は日本学術会議から推薦を受けた105名のうち99名のみを任命した。

論点は大きくは2つに絞られるものと感じた。一つは総理に任命を拒否する権限があるのかないのか。手続きの法的根拠が認められるかどうか。もう一つはそもそもなぜ拒否する必要があったのか。この理由について政府は明言を避けているので様々な推論を目にし、耳にした。あくまで推察であり、説明責任が果たせていないようにも感じるが、このことは人事に関することなので公にすることはできないという考え方と、またそれを否定する考えもある。

このように総理に任命拒否権があるのかないのかについて、意見は真っ二つだが、実際にいまも6名足らない状態が続いている。そして岸田政権は、発足当初に「任命に関する一連の手続きは終了している」という認識を示した。「日本学術会議法」の解釈、あるいは「憲法」に照らしての違憲性について、申し訳ないがここでは割愛させていただく。

ここで日本学術会議に関する経緯を確認していただきたい。(主なもののみ)

1948年 日本学術会議法の制定、1949年 日本学術会議の設置(選挙による当選証書の交付)、1950年 (声明)戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明、1967年 (声明)軍事目的のための科学研究を行わない声明、1983年 選挙制から学協会推薦制へ法改正(総理の任命を受ける)
2003年 総合科学技術会議による「日本学術会議の在り方について」提言
2004年 学協会推薦制から自己選考方式へ法改正(総理の任命は継続)
2015年 安保関連法、防衛装備庁設置、安全保障技術研究推進制度創設
日本学術会議のあり方の見直しに向けて(日本経団連)
日本学術会議と中国科学技術協会間の協力覚書
(中国科学技術協会は民間組織だが、中国工程院と提携している)
2017年 (声明)軍事的安全保障研究に関する声明
2020年 菅総理(当時)が6名の任命拒否
2021年 日本学術会議の在り方に関する政策討議開始(継続中)

以上、主なトピックを時系列に並べさせていただいた。補足させて欲しいことをやはり時系列で下記に記したい。

創立は戦後4~5年の頃であり、戦争を目的とする科学の研究は絶対に行わないという固い決意があらわれており、1950年についで、1967年の声明にも引き続き決意があらわれている。

1983年に選挙制から推薦制になり、当選証書の交付の代わりに当時の中曽根康弘総理が任命をすることになったが、当時は形式だけのものだという認識だった。

2003年の総合科学技術会議(現、総合科学技術・イノベーション会議)による日本学術会議の在り方についての提言には今後10年ぐらいのスパンで改正すべき点があげられており、速やかに検討を始める必要がある旨、進言されていた。しかしながら、10年経過後もその進捗は芳しくなかったため見直しが必要であるとの報告が経団連産業技術委員会(私的懇談会の結果)からなされた。

2015年の中国科学技術協会との協力にかかる覚書、2017年の声明のなかでの防衛装備庁に対する問題意識やデュアルユースへの注意喚起ともとれる指摘は、その後の総理の任命拒否と関連があるのだろうか。我々には知る由もない。ただ、ひとつ言えることがあるとすれば、6名の任命拒否によって、日本学術会議は広く耳目を集めることになり、戦後日本の学問と政治の関係性について考えるきっかけになったことは間違いない。

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