歴史ある寺社が並ぶ京都・東山の観光地に今春、1店の八ッ橋専門店がオープンした。この店の看板として売り出されているのが、通常サイズを大きく上回る巨大な生八ッ橋だ。それも1日3個までの超限定品。「ビッグ八ッ橋」とはどんな商品なのか。
京都市内の数ある八ッ橋の老舗の一つ、東山八ッ橋本舗が3月下旬に開いた高台寺店。豊臣秀吉の正室・北政所(ねね)が1606年に創建した高台寺のすぐそばで、多くの観光客や修学旅行生が行き交う好立地だ。
目的の商品は、店内で最も目立つ中央の陳列棚に置かれていた。確かに、でかい。商品名は「ふじ 生八ッ橋」。パッケージは富士山をイメージしたという山形で、カラーも金色で統一されている。
中には粒あんを包んだニッキ味の生八ッ橋が1個入っていた。三角形の底辺が22センチ、高さが11センチなので、その面積は121平方センチメートル。生地は通常サイズの4個分、重さは155グラムと7~8個分になるという。
商品は、3代目の佐々木竜弥社長(58)が企画した。同社は2015年に初の店舗を嵐山で開業したが、集客が伸びず約1年半で撤退した。再出店に当たり、目玉商品として巨大生八ッ橋を考案した。大型のため機械生産ができず、生地のカットやあんを包むのも手作業で行う。量産できないため、1日3個までの販売に絞った。
京都の観光土産を代表する八ッ橋は、米粉に砂糖とニッキを加えた生地を焼いた菓子。戦後に生地を焼かずに食べる生八ッ橋が登場し、粒あんを挟んだ商品が広がった。しかし、2020年からの新型コロナウイルス禍で京都の観光客は減少し、八ッ橋を含む土産品業界の厳しい環境は改善していない。なぜ、この時期に出店を決めたのか。
「店舗を持つのは、私の30年越しの夢です。嵐山ではうまくいきませんでしたが、再チャレンジしたいと思っていました」。佐々木さんは、コロナ禍をチャンスと考えた。それまでの京都の観光地は外国人観光客がひっきりなしに押し寄せ、ホテルや飲食店などの相次ぐ進出で地価やテナント料が高騰。人通りが多い立地は全て埋まっていたが、コロナが状況を一変させた。
佐々木さんは1年間かけて市内50カ所以上を訪ね、高台寺前の場所にたどり着いた。しかし、感染拡大の波は一向に収まらず、開店前の今年1月以降は変異株のオミクロン株が猛威を振るった。直前で何度も諦めかけた佐々木社長の背中を押したのは、ともに会社を切り盛りしてきた妻の麻紀さん(54)。「やめたら後悔しない?」。この一言に、佐々木さんは腹をくくった。
東山八ッ橋本舗は1934(昭和9)年の創業。90年近い歴史を持つが、京都には江戸期から続く八ッ橋専門の老舗が多くある。店舗を持たなかった同社は、戦後に高速道路のサービスエリア向けや貸し切り観光バスの車内販売で売り上げを伸ばした。時代とともに変わる顧客の嗜好(しこう)に合わせた商品を投入してきた柔軟な発想と対応力が最大の特徴という。
ロングセラーとなった赤ワイン風味の生八ッ橋は、佐々木さんが約30年前に考案。バブル経済の前後で流行したワインを伝統菓子に取り入れた。その後も塩キャラメル味など数々の新商品を送り出し、現在はさまざまなスイーツに用いられるピスタチオ味のあんを構想中だ。
佐々木さんは言う。「私たちが最も大切にするのが、いつまでも続けること。歴史があるお菓子をわれわれの代で絶やすわけにはいきません。これは八ッ橋店を商う全ての人に共通すると思います」。巨大化や変わり味など八ッ橋の「進化」には、こんな思いも込められている。