新型コロナウイルスの感染拡大を受け、世界各国で外出禁止などの行動制限が設けられました。日本では「コロナ離婚」という言葉が生まれましたが、諸外国ではDV(ドメスティック・バイオレンス)の被害件数が急増したと言われています。
「こちらでは外出禁止令が出たとき、DVを受けている人は外へ逃げてもいいというのが法律で一番に決められました。もちろん、その場合は罰金もありません」
オーストラリアの事情を教えてくれたのは、タスマニア島に暮らして26年になるハワード美保さん。もともとDVへの対応がしっかりした国で、コロナ禍の真っただ中にあった今年3月には、国がDV対策資金として1億5000ドル(約100億円)の投入を発表したほどです。
そんな「コロナDV」の余波は犬たちにも。タスマニアに住むある夫婦が飼っていたメスのジャックラッセルテリアが、知らない間に隣家のイングリッシュコッカースパニエルと“かかって”しまい、6匹の子犬を産みました。その直後、夫が妻へのDVで逮捕!犬に興味のない妻は子犬を手放したいと、動物保護団体『RSPCA』(The Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals=英国王立動物虐待防止協会)に相談したそうです。
ちょうどその頃、ハワード夫妻は保護犬を迎えたいと考えていました。16年一緒に暮らしたジャックラッセルテリアのジャック君を1月末に見送り、「犬が恋しくて、恋しくて」(美保さん)、保護団体のサイトでジャックラッセルの成犬を探していたのです。
「タスマニアのRSPCAからは、コロナが流行してすぐに犬も猫もいなくなりました。みんな、自粛生活の中でペットを飼いたいと思ったんでしょう」(美保さん)
本土のレスキュー団体で9歳のジャックを見つけましたが、譲渡が決まりかけた矢先に他州への移動が禁止に。まだ、犬や猫を介してコロナが感染するかどうか分からないときで、政府から通達が出たようです。ハワード夫妻は成犬をあきらめ、ブリーダーから子犬を購入することも検討しました。ちなみに、ジャック君を迎えたときは日本円で約5000円だったジャックラッセルテリアが、日本への輸出が増えて高騰。今ではタスマニアでも20万円を下らないそうです。
知り合いから「タスマニアのRSPCAに緊急でレスキューしてほしいジャックラッセルの雑種が6匹いる」との情報が入ったのは6月上旬。ハワード夫妻は飛んで行きました。“お見合い”の場所は元飼い主の家。RSPCAのスタッフも立ち会ってくれました。
「奥さんは『この家を売って出て行くから、早く新しい飼い主を見つけたい。今日にでも連れて帰ってほしい』と。私たちの後にもお見合いがセッティングされていたようです。犬には全然、興味なさそうでしたね。さすがにお母さん犬は連れて行くと言っていましたけど」(美保さん)
先代と同じオスを希望し、2匹いるうちの「小さくておとなしいほう」を譲り受けたハワード夫妻。名前は「ジャクソン」と決め、美保さんは帰宅後すぐにSNSに写真を投稿しました。新しい“息子”を紹介するために。ところが…。
「次の日、子犬を見に来た親戚が口を揃えて『メスじゃないか』って。RSPCAのスタッフにも確認していたのでまさかと思ったんですけど、結局メスでした(笑)。あわてて名前を『ジャスミン』に変えて、SNSの投稿もいったん削除しましたね」(美保さん)
オスの成犬を希望していたはずが、やって来たのはメスの子犬。おとなしかったのは初日だけでかなりのお転婆娘だそうですが、想定外が続いても「犬のいる生活はやっぱり刺激的で楽しい」と美保さんは笑顔で話します。
ただ、将来のことを思うと不安も…。
「こちらでは“安楽死”が当たり前なんです。基本、ペットの延命はしない。手の施しようがないとか、生きていることが苦痛でしかないというレベルじゃなくても、高齢で病気が見つかると、先生に『どうしますか』って聞かれます。タスマニアには犬のオムツが売っていないんです。オムツをしなければいけない状態で生かしておくのは残酷だという感覚。虐待で訴えられる可能性もあります。私も猫に手作りのオムツをさせていたとき、周りからものすごくたたかれました。シドニーなんかと違ってタスマニアは保守的なのでね。今までに犬2匹と猫2匹、“その時”を決断してきましたけど、罪悪感で泣き崩れました。腕の中で注射される、あのつらさをジャスミンでもう一回、味わうのかと思うと…」(美保さん)
タスマニアの生活には何の不満もないけれど、その習慣だけは受け入れがたいという美保さん。ただ、ジャスミンちゃんとのお別れは10年以上先のはずです。それまでに、タスマニアの事情が少し変わっているといいのですが…。