京都の老舗銭湯「京都 玉の湯」がツイッターに投稿した「常連様へのお願い」という張り紙の画像が、話題を集めている。初めて銭湯を利用する「一見(いちげん)さん」や若者にマナー違反があっても、きつい言葉をかけたり、叱ったりせず、優しく注意してほしいという呼び掛けだ。リツイートは4万を超え、「常連さんの監視するような目線が苦手」「注意の仕方もマナーのうち、かもしれませんね」といった共感のコメントが広がっている。店主の西出英男さん(45)に、メッセージに込めた思いを聞いた。
「日ごろ思っていたこと」
「玉の湯」は京都市中京区押小路通御幸町西入ルにある。戦後間もない時期、西出さんの祖父が明治ごろから営業していた銭湯を買い取り、今に至っているという。一帯は京都市役所にほど近く、古い町家が多く残っており、「玉の湯」も古き良き下町の銭湯のにおいを漂わせている。
張り紙を掲示したのは5月11日。西出さんは「日ごろから思っていたことを字にしたんです」と文面に込めた意図を説明し始めた。
「玉の湯」は歴史が長いだけに、古くから利用している地元のなじみ客が多い。今やそれぞれの家に風呂があるのは当たり前のようになったが、それでも「玉の湯」に毎日訪れる人は多いという。
「体を洗いに来るというよりも、常連さん同士でのおしゃべりを楽しみに来ているんでしょう。自分の家にいるような感覚になるようです」(西出さん)
それ自体は悪いことではないが、たまに新規のお客が来ると、何かとその振る舞いに神経をとがらせる常連が一部にいるという。特に若い人は銭湯を利用した経験が少ないため、常連にとっては当たり前に思えるマナーも心得ていない場合がある。たとえば、浴槽に入る前にしっかり「かかり湯」をしなかったり、自分の洗面器をカランの前に置いたまま長時間入浴したり、髪の長い女性が結い上げないまま入浴して湯に漬けたり、といった行動だ。そんなとき、つい厳しい口調で注意したり、叱責したりしてしまうことがあるのだという。不快に思った新規のお客が、すぐに帰ってしまったこともあった。
西出さんは「これは銭湯経営者にとって共通の悩みなんです。若い人にも気持ちよく利用してもらわないと、新しい常連客になってもらえない」と張り紙が苦渋の判断だったことを打ち明ける。加えて、「モラルやマナーを叱って教えるのはどうかと思います。優しく声をかければ、相手も受け入れやすいし、次からは気をつけるでしょう」と述べ、常連が銭湯初心者を温かい目で見守ってくれるように望む。
銭湯文化の新しい支え手に
ただでさえ、銭湯の経営は厳しい状況にある。全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会によると、同組合加盟の銭湯は1968年の約1万8千軒をピークに減少を続け、今年4月時点で2204軒まで減っている。京都府内は現在、約120軒と全国的に見て多く残っている方だが、それでも最盛期に比べると5分の1に減っている。それは一般の住宅における風呂の普及だけが理由ではない。
西出さんは「まず銭湯の後継者難があります。古くなった設備の更新に、場合によっては億単位のお金がかかることも大きいです。人手不足もあって工事費もかなり高くなってますし」と打ち明ける。
幸い、玉の湯がある地域は交通の便利な街中だけに、マンションの建設やゲストハウスなどの宿泊施設の開発が盛んだ。新しい住民や観光客が入浴しに訪れることは珍しくない。それだけに、常連と新しい利用者が互いに尊重し合いながら、「玉の湯」の経営や京都の銭湯文化を支え続けてくれることを、西出さんは心から願っている。