さらに作者は、医師、患者はある意味で強者と弱者の関係にあるという。現代では、それは随分改善されたように思われるが、そういったことも踏まえて、日常の診察に当たらなければならない。作者が、いい作家になるためにはどうしたらいいかと編集者に聞かれたときの返事が、「まじめに生きること」であった。私は素晴らしいと思った。
また、作者自身がいい作家になるためにはどうすべきか、と自問自答した際の答えは、低い視線になることであった。低い視線にならないと物事が見えてこない。すなわち、ごう慢な心や気持ちでは見えるべきものが見えなくなるという事だ。
作者のように300人以上の死を目の当たりにしてしまうと、多くの場合、死に対する感覚がどうしても鈍磨してしまう。日々の仕事に追われ、多くの患者さんを抱える医療従事者にとって、それは避けがたい部分ではある。それが、この作者は毎回、死に関して真剣に取り組むがゆえに、ついに心と身体に不調を来してしまった。どこまでも患者目線に立った素晴らしい医療をされていたのだろうと拝察する。
私のような町医者は、先輩、後輩、同僚がいない環境で仕事をするため、他人から間違いを指摘されることが少ない。忙しさや環境に流されず、“常に謙虚な心で生きなさい”と諭してくれた一冊だった。