中国の首都北京で3月、50代の日本人男性がスパイ行為などを取り締まる国家安全当局に拘束されたことが判明した。拘束された男性は大手製薬会社アステラス製薬に勤務し、20年あまりにわたって中国で勤務する経験豊かな駐在員で、日本へ帰国する当日に連絡が取れなくなったという。中国当局は27日までに男性の取り調べを行っていることを認め、スパイ活動に関わり、中国の刑法と反スパイ法に違反した疑いがあるとしたが、拘束に繋がる具体的な説明は一切されていない。
コロナ禍が終わりを告げ、日中の間でも航空便の再開が予定されている今日、中国への出張者が増えることで今後さらに邦人が拘束される恐れがある。今日、日本は邦人保護という大きな難題に直面している。今後さらに拘束事例が増える恐れについて、以下2つの背景が考えられる。
まず、習政権が抱える国内事情だ。今年に入り、習国家主席は3期目を本格的にスタートさせたが、3年に及ぶゼロコロナにより国内経済は停滞し、経済成長率も鈍化傾向にあり、国民の習政権への不満は根強い。習政権は外資系企業の受け入れを強化する方針を打ち出しているが、どこまで成功するかは分からない。
昨年秋の全人代の時、北京や上海では「習独裁体制反対」などと書かれた横断幕を掲げる市民の姿も見られ、国民からの反発を最も警戒する習政権は反不満分子の動きが大きくならないよう、国内での監視の目を強化している。今後、中国経済がどこまで勢いを取り戻すが分からないが、国民の不満が顕著になるほど習政権は神経を使う必要性に迫られ、中国当局による国民への監視の目が強化されることになろう。
そして、もう1つが台湾情勢や米中対立を巡る国際事情だ。中国当局は最近、台湾の蔡英文総統が中米訪問の帰りにカリフォルニアでマッカーシー米下院議長と会談することについて、台湾海峡を脅かす挑発行為であり、断固とした対抗措置を取ると強くけん制したが、台湾を巡る情勢で米国や台湾へのいら立ちを強めている。
台湾有事を巡って、中国人民解放軍の戦略や行動に対して米国や台湾の警戒もこれまでなく強まっており(最近は米シンクタンクなどが人民解放軍の行動など有事を巡って具体的なシミュレーション結果を発表している)、中国としては台湾有事など軍事戦略や安全保障政策の分野で機密情報が競争相手に漏洩しないよう、国内にいる外国人へも監視の目を強めていると考えられる。
昨年12月、中国では反スパイ法の改正案が発表され、改正案ではスパイ行為の定義をこれまでより拡大し、摘発を主導する国家安全当局の権限や逮捕者への罰則などの強化が記され、今年夏にも可決される見込みだ。
こういった習政権が抱える国内事情、国際事情に照らせば、今後邦人が拘束される蓋然性は高まると言わざるを得ない。昨年にはスパイ行為に関わったとして北京で拘束され、懲役6年の刑期を終えた邦人男性が帰国したことは記憶に新しい。2021年1月にも反スパイ法に抵触したとして逮捕された邦人男性2人の懲役刑が確定し、2019年9月には中国近代史を専門とする大学教授が日本へ帰る直前に北京の空港で拘束されている。今回の50代男性のケースを含め、拘束された日本人は2015年以降で17人にのぼる。
最近、日本企業の中でもチャイナリスクを懸念し、中国依存を減らす動きが見られるが、今後も中国が主要な貿易相手国とならざるを得ない。しかし、邦人拘束という問題に対して、我々は米中対立や台湾情勢、日中関係の行方など政治的側面をこれまで以上に注視していく必要がある。