「ベンツを買うたらええねん」!? ラジオ生放送中に失言、即日降板…桂小鯛を救った師匠の言葉

ふじかわ 陽子 ふじかわ 陽子

上方落語界で勢いのある若手の一人に、桂小鯛さんがいます。古典落語だけでなく新作落語も手掛け、様々なカラーを見せる技巧派です。受賞歴も華々しく、2014年繁昌亭大賞輝き賞を皮切りに、2017年は第54回なにわ芸術祭新人奨励賞に加え第7回若手噺家グランプリ優勝、2023年三題噺王最優秀賞を受賞。

順風満帆のように見える小鯛さんですが、大きな挫折を経験したことがあります。それは、ラジオの生放送中での失言。それにより即日降板となったのです。

入門8年目での挫折

事件が起きたのは、2016年8月15日。小鯛さんの出身地である岡山県でのラジオ番組での生放送中に、当時通っていた教習所を「いじった」のです。小鯛さんは笑えると思って口にしたものの、スタッフは大慌て。それもそのはず、その教習所はラジオ局の株主だったのです。

即日、レギュラーから外され、その後は放送局の誰とも交流がありません。小鯛さんは所属する米朝事務所の社長に謝罪をし、師匠である桂塩鯛師匠にも事情を説明しました。大阪の仲間の落語家は、小鯛さんが落ち込まないようフォローをしてくれます。

フォローはあるものの、小鯛さんの心はざわついたまま。しかも、くだんの教習所の予約はまだ残っています。辞めることも考えましたが、米朝事務所の社長から「続けるのが筋」とアドバイスを受け、免許取得まで通いました。針の筵でした。

この時、小鯛さんは入門8年目。輝き賞を受賞し仕事も順調、何不自由なく芸人人生を歩んでいると思い込んでいた中での出来事です。

ベンツ、買うたらええねん!

大阪と岡山の二重生活が終わり、大阪だけで過ごすようになっても心はざわつき続けました。師匠から苦言を呈されることはなく、仲間も温かく接してくれているのに、あの出来事が忘れられません。笑わせるつもりで話したことが、誰かを傷つける。そのことに大きなショックを受けていたのです。

そこで、改めて古典落語と向き合うことにしました。先人が試行錯誤をして、現代につなげてくれた笑い。それを学び直すことが、心のざわつきを落ち着かせることにつながると考えたのです。そのかいあって、2017年になにわ芸術祭新人奨励賞を受賞。

嬉しいはずなのに、周囲も祝福してくれているのに、小鯛さんはまだ引きずっていました。でも、それを周りに悟られては再び笑えないことになると感じ、必死に隠していたのです。悩みを話せない孤独感。

そんな小鯛さんの心のざわつきに気付いたのは、師匠である塩鯛師匠でした。2018年秋、塩鯛師匠は小鯛さんに言います。

「ベンツ、買うたらええねん!」

ネガティブイメージからポジティブイメージに変化

続けて塩鯛師匠は言います。

「お前みたいな見た目のヤツがベンツから降りてきたら、おもろいやろ」

小鯛さんは師匠からのアドバイスの意味を理解しました。身の丈に合わないベンツをギャグのために買う、誰も傷つけない最高の笑い。ラジオ番組降板というネガティブイメージから脱却もできます。小鯛さんは近隣のベンツ販売店をすぐに探しました。

一応、のちに妻となる当時の恋人にも相談。恋人は目を白黒させ「なんで?」を連発。そりゃそうです。分かっちゃいるけど、やるのが芸人。小鯛さんは「師匠が言うてはるしー」とベンツを購入しました。色は、最もいかつい黒を選択。

小鯛さんがベンツを買ったということは、瞬く間に演芸界に知れ渡り、今まで声をかけてもらえなかった大先輩からも話しかけてもらえるようになりました。それまで失言のイメージが定着していたのが、一気に塗り替えられたのです。

この年の12月9日には、動物園前にある動楽亭で「桂小鯛ベンツ購入記念落語会」を開催。兄弟子たちが出演してくれ、仲間の落語家も10人飛び入り参加してくれ大盛況だったんですよ。

「何もない」のは自分自身

このころから小鯛さんは、心のざわつきが薄れていきました。薄れていくと同時に、なぜあんな失言をしたのか冷静に考えられるようにもなったのです。おもしろいと思って誰かをいじり、結局怒らせたり悲しませたりするのは、あの時だけではなかったかも知れない。

元々、ラジオ番組に気乗りがせず、捨てたつもりの岡山で再び暮らすことも嫌でした。幼いころから大阪への憧れが強く、地元のことを知ろうともしていません。こんな街に何もないとまで思っていたのです。

そんな何もない街で落語もできず、慣れないラジオ番組での仕事は大きなストレスになり、それがいつしか棘のある言葉になっていたように思えます。

最近になり岡山に戻ると、自転車通学の中学生が目に入りました。学校指定のヘルメットをかぶっているものの、それぞれ思い思いのデコレーションをしてオシャレを楽しんでいる。「何もない」と思っていた街でオシャレを楽しむ中学生の姿に、小鯛さんは気付きます。

「何もなかったのは僕やったんや」

どこにいても何をするかで変わる

どこにいても、自分が何をするかで変わってくると気付いたものの、今さらラジオ局に謝罪に行っても迷惑になるだけでしょう。「これからの僕を見てください」とも言えません。成長させてもらえたことに感謝を伝えるために出来ること、それは落語家として真っ当な道を歩むこと。そうすれば、いつか届くかも知れない。

そんな小鯛さんには夢があります。それは「このネタなら小鯛」と言ってもらえるようになることです。そのためにネタ数を増やしたいと考えていた最中、兄弟子である桂米紫さんと米紫さんの同期である桂文鹿さんが手掛けていた「ふたりで200席」を引き継いでほしいと声をかけてもらえました。一緒に200席への挑戦をするのは笑福亭喬介さんです。

迷いつつも、誰も傷つけない笑いを求めて小鯛さんはこれからも邁進していくでしょう。そんな小鯛さんを、ベンツのシートは優しく包んでいます。

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【桂小鯛さん】
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