日々の暮らしを、動物の命のぬくもりを感じながら過ごすのはとても豊かで尊いこと。特に核家族化が進んだ現代では、高齢者とペットが身を寄せ合って暮らしているケースも少なくありません。しかし、病死した高齢者の自宅にペットが取り残され、亡くなってしまうなどの問題が存在します。このような高齢化社会が生んだ問題に取り組むNPO法人「C.O.N」が今月4日、「高齢者とペット問題を考える」と題したシンポジウムを兵庫県尼崎市で開催。公益財団法人「動物環境・福祉協会Eva」の理事長として、動物愛護に取り組む女優の杉本彩さんも登壇しました。
幸せな動物の姿だけを見ていたい
シンポジウムは杉本さんの基調講演からスタートし、5年に1度の「動物の愛護及び管理に関する法律」の改正にあわせて厳罰化を求めるなどした活動を紹介。2020年の改正では、動物虐待に対する罰則の引き上げにつながった実績に触れながらも、現実には軽い処分で終わっていることを強い口調で訴えました。
この日、挙げられた事例は残忍な動物殺傷や大規模な多頭飼育崩壊など、ニュースでも大きく取り上げられた事件ばかり。聞いているだけでも胸が締め付けられました。ところが、あまりにも酷すぎる虐待にもかかわらず、不起訴処分になった事件もあったといいます。
動物好きであってもなくても、目を背けたくなるような現実。杉本さんは「できるなら幸せな動物の姿だけを見ていたい。でも、私たちが目を背けたらこの子たちは助からない」と話し、人と動物が幸せに共生できる社会を民間団体や個人が協力して実現していきたいと力強く呼びかけました。
杉本さんの強い思いを受けて、続くパネルディスカッションでは、尼崎市内の地域包括支援センターや福祉サービスの関係者、民間の動物愛護団体スタッフらが参加。独居の高齢男性が救急搬送され、可愛がっていた飼い猫を世話をする人がいなくなってしまった事例や、孤独死した方の家へ清掃に入った業者が取り残された猫を発見したケースなど、尼崎市内で起きた問題が紹介されました。
この2件はいずれも民間の団体が引き取り手を探し、猫たちは無事に新たな家を得ることができましたが、間に合わなかった事例もあったと言います。「場所もマンパワーも足りていない。ボランティア団体も疲弊し、高齢化しているところもある」と、伊丹市を拠点に活動する愛護団体「Teamねこのて」代表の水野直美さんは切実な現状を明かしました。
もしも、の時のためにできること
自身も6匹の保護猫と暮らしているという杉本さん。「自分がいないと生存していけない命を引き受ける限りは、自分になにかあった時を想定して、その子の行き先を準備する、十分な費用を残すことが必要。万が一のために(猫たちの)預金口座を設けている」と、話しました。
立ち行かなくなってから行政や民間団体の助けを受けるのではなく、ペットが終生安心して暮らせる環境を早めに整えておくこともまた、命を迎え入れた者が果たすべき責任だと改めて感じます。
シンポジウムを主催したNPO法人「C.O.N」では「高齢者とペットの安心プロジェクト」の一環として、ペットの緊急連絡先カードを尼崎市内に住む高齢者に配布しています。ペットの面倒をみてくれる人の連絡先を書き込み、目立つところに貼っておくことで万が一の時、緊急連絡とペットの保護を促すもので同法人の副理事長桑畑和子さんは「こんな取り組みがあると周りの方に伝えてくださるだけでも支援になる」と協力を呼びかけました。
保護団体から譲り受けた元野良猫と暮らす筆者にとっても、決して他人事ではありません。老いていくことはもちろん、いつ何が起きるか分からないのが世の定め。事故や災害などあらゆる事態を想定し、大切な家族であるペットを守りぬくことについて一人ひとりがしっかり考え備える必要性を感じました。
200人以上の聴衆が集まった「高齢者とペット問題を考える」シンポジウム。会場ではフォトエッセイスト、児玉小枝さんの写真展「老犬たちの涙」も同時開催され、飼い主によって保健所に持ち込まれた犬たちの姿を捉えた写真に多くの人が見入っていました。
「目指すべき方向と現状の課題が明確に見えた。誰もが高齢者になるので、今の問題をしっかり把握して取り組みを全国に伝えたい」と締めくくった杉本さん。行政や民間の愛護団体を頼りきりにするのではなく、ペットを迎え入れる際には「自分がいなくなった後」のことまで考えておく意識が全国に広く浸透することを願うばかりです。