アメリカ人の子育てへの意識の高さを物語るエピソードがSNS上で大きな注目を集めている。
件のエピソードというのはニューヨーク在住の弁理士、KSTNさん(@kstn9)が投稿した
「子供が無事うまれました報告をアメリカ人上司にした際、『おめでとう、今日からお前のボスは俺ではなくbabyだ。これからしばらくは公私共にbabyを最優先に仕事のプライオリティは落としてくれ』って言われたんだが、日本のマネジメントで同じようなこと言える人は果たしてどれほどいるのでしょうね。」
というもの。
「今日からお前のボスは俺ではなくbaby」…ようやく男性の育児休暇が導入され始めた日本とは育児意識に雲泥の差を感じるこの言葉のインパクトに、SNSユーザー達からは
「アメリカが家族第一なのは、解雇(会社の方針転換で所属部署がなくなる等)や転職が当たり前で、「一生関わる相手は、会社ではなく家族だ!」という面もあると思う
でも、日本も45歳定年制が経済同友会で話される時代だから、家族第一にしたい。昔のように終身雇用で給料右肩上がりの時代じゃないから」
「会社があなたに子どもを産んでくれと頼んだわけじゃないのでサポートは一切出来ません!と言われました〜💢」
「『ますます仕事を頑張らないとな!』が日本のお祝いの言葉です」
など数々の驚きと共感の声が寄せられている。
KSTNさんにお話をうかがってみた。
ーー上司のこの言葉をお聞きになった際のご感想をあらためてお聞かせください。
KSTN:最初の感想としましては、まず単純に「ボスはbaby」という言い回しに関して、「うまいこと言うな」と思いました。確かに赤ちゃんが生まれると、両親のあらゆるスケジュールは問答無用で赤ちゃんの意向に左右されることになります。この点、いわゆるレポートラインが非常に厳格な一般的な米国企業の組織体制において上司の意向というのは絶対であるからにして、「ボスはbaby」というメタファーは絶妙にしっくりくるためです。
他方、後段の「仕事の優先順位を落とせ」というポイントについてなのですが、この点は正直あまり何とも思わなかったというのが率直な感想です。と言いますのも、一部ぶら下がりツイートにも書いていましたとおり、自分の場合は事情が少々複雑なためです。
実は私は二つの企業組織に所属してまして、そのうち一つのボスが今回の話に出てきた上司です。こちらの組織では、この上司のためにやっているわけではない仕事も結構あり、彼に全ての仕事の優先度を落とせと言ってもらったからといって、それらの仕事をやらなくてよくなるわけでも、また、もう一つの所属組織の仕事がなくなるわけでもないためです。実際、3か月のparental leaveをとるよう薦められました(笑)。
もう一つの組織では、私が事実上のヘッドのようなものにつき、業務をコントロールしてくれる上司のような存在はいません。彼もその辺の事情はある程度わかっていますので、そのうえで敢えてリップサービスとして放った発言だったという側面もあったであろうとは考えています。
とはいえ彼に関わるような仕事は全くやらなくてよいと言い切ってもらったことで、多少なり気が楽になったことは事実です。何より、曲がりなりにも上司という立場の人から実際にこういった言葉をかけてもらうと、人間的な温かみのようなものが感じられて純粋に嬉しく、今後この人のためになるようなことをしてあげたいと思えたという点は少なからずあります。
加えて、この上司は夫婦共に弁護士として多忙な上、小さい男の子3兄弟というカオスな家庭持ちなのですが、日ごろから子供の事由で急遽会議を欠席したりすることが多く、そのたび自分がカバーしていていました。その背景にはこういったファミリーファーストなフィロソフィーがあったのだと再確認できたことで、今後お互いに仕事がよりやりやすくなって良かったという点もあるかと思います。
ーーアメリカにおける育児やそれに取り組む男女の平等意識について感じることをお聞かせください。
KSTN:私が知っているアメリカも日本も、国全体からみたらほんの一部です。あくまで個人が経験した観測範囲に基づく見解ですが、やはり育児に取り組む姿勢はファミリーファーストなアメリカの方が概して積極的です。その姿勢の性別に依るギャップという点もアメリカの方が大分小さい印象を持っています。
今回のエピソード以外にも、仕事でやり取りしているアメリカ人の多くは、最近子供がうまれたことを伝えると、「え、じゃあ今育休中?」とか、「いつから休みに入るの?」とか、普通に聞いてきます。こういったコメントは、男性である私のもとに子供が生まれた際に優先するのはまず家庭であるという大前提が念頭にないことには中々出てこないものかと思います。
加えて、特に興味深いのは、どの年代でも同じような反応をしてくる点です。当方は30代ですが、仕事柄、色んな米企業の40代以上のシニアマネジメントと話す機会が多いです。30代の人だけでなく、40代や50代の男性でも、当然育児第一で仕事はそこに付随するものというスタンスを感じます。
あと、私のいるニューヨークでは、出産後の入院は基本2日までで、退院後は赤ちゃんを数日おきに新生児検診に連れて行かなくてはならないのですが、出産入院時の付き添いに男性が最後までいることはもちろん、平日に新生児検診のために病院に行っても夫婦で来ているファミリーがほとんどです。みな男性も当たり前のように休みを取っているのだろうなと思いました。
他方、日本でも、特に私と同年代の話を聞いていたりすると、最近は育児に対する意識がアメリカ寄りに変わってきていると感じますが、個人的に仕事でやり取りする日本の40代以上の層から感じる印象は依然として仕事第一家庭は二の次という強固な姿勢が支配的です。
以前日本で働いていたころに「男性が育児休暇をとるなんてあり得ない」と言われた苦い記憶が時折蘇ります。日本とアメリカでは、国の歴史から国民性に至るまで根本的に異なる部分が多く、それを反映する日本企業と米国企業のカルチャーも同じなはずがないので、どちらが良い悪いという話では全くありません。ですが私個人としましては、パートナーである妻とは仕事はもちろん育児、家事で果たす役割も対等でありたいというスタンスであることもあり、アメリカのこのような環境で育児をする方が性に合っているかなと思っております。
ーーこれまでの寄せられたコメントや反響へのご感想をお聞かせください。
KSTN:正直申し上げて、ここまで反響があるとは全く思っておりませんでした。個人的には、確かに「ボスがbaby」という言い回しはおしゃれだけど、日本も最近は家庭優先のカルチャーも浸透してきているし、そういった側面の一端を担うような月並みなツイートの一つくらいにしか思っていなかったです。
なので、一晩あけてバズり具合を見た際にはまず驚愕したのですが、冷静に分析すると、この反響こそが、今も残る日本とアメリカの仕事と育児のバランスに係る温度差を如実に表しているのではないかと思いました。
あまりにも多くのコメントをいただいていて、おそらく半分もみれていないのですが、ざっくり分類して、「素晴らしい上司ですね」といったポジティブなコメントが多数を占める中で、「これはさすがに嘘だろ」といった趣旨のコメントも結構あり、後者についてはとても斬新だと感じました。
私のアカウントは、以前は実名でやっていた関係で実際の知り合いも結構つながっている単なるランダム趣味アカウントです。なので、当該アカウントでインフルエンサーになろうとしているわけでも当然なく、今回のツイートも上記のように特に壮大な反響を狙ったわけでもなかったので、意図して嘘を書くメリットは皆無です。
そもそもツイートの内容自体アメリカの育児環境に係る感覚からするとごくごくありふれたものなはずなのですが、これをみて立ちどころに「嘘」と捉えるその背景こそが、まさに仕事と育児の文脈でその人たちが有している日本人としての感覚がアメリカのそれからかけ離れていることを体現しているように思った次第です。
また、「これは単なる建前で、実際働かなかったら首を切るはず」といった趣旨のコメントも結構見ましたが、この点は半分同意半分どうかなという感じです。米国のコミュニケーションカルチャーは、俗にローコンテクストと言われるように、コミュニケーションの責任が発信者側にあり、日本のように行間を読んだりせず、必要なことは全て言葉にして伝えるというのが基本です。
もちろんこれは教科書上の大原則であり、実際の仕事の場面では上司の意向を推測しなければならない場面も多々あります。そういった意味で今回の発言が建前という要素を含んでいることを否定はできないかと思いますが、他方で、少なくとも「子供が生まれたんだから休みを取ってくれ」という趣旨の発言をしておいて実際は裏で働けという真逆のことを求めているというのは、さすがに平均的なアメリカ人の性質からして考えにくいです。
特に、少なくとも私の観測範囲では、優秀なマネージャの多くはファミリーファーストの理念が強く、「そこを犠牲にするくらいだったら業務が回らなくても仕方がない、というかそうなってしまっては個人というより組織と仕組み作りを行うマネージャの責任だ」という思考になります。結果、子供が生まれてしばらく休んだことに起因して裏で評価を下げるというのは非常にレアケースなのではと思います。
実際、私のこの上司は、このエピソードのすぐ後に「全く別件なんだけど」と言って昇進の話を持ってきてくれました。
◇ ◇
現在、日本が直面している出生率の低下には、育児に対する意識の低さが少なからず影響していると思う。いきなりアメリカ並みの育児環境を望むのは無理があるかもしれないが、少しずつでもより子供を育てやすい社会を築いていきたいものだ。
KSTNさん関連情報
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