秋は行楽シーズン。密を避け、車での移動を選択する人も多いと思います。ただ、長距離や長時間の運転になると、運転手だけでなく同乗者も大変。後部座席のチャイルドシートで子どもが車酔いし吐いてカオス-なんてことも。もちろん酔い止めを飲むのは大切ですが、「同乗者にも優しい運転のコツ」を、プロレーサーの菅波冬悟さんに聞きました。
急な動作はNG
「運転のうまさ」は「操作テクニックのうまさ」という印象を持たれがちですが、菅波さんは「プロの世界では、いくら直線が速くてもコーナリングが上手くても、チェッカーフラッグまでたどり着けなければ意味がない。最後までいかに効率よく安全に車を運ぶかが重要で、これは一般車の運転にも通じる」と話します。
車酔いの一番の原因は、急ブレーキや急加速、急ハンドルなどの「急な動作」。急になると体が大きく振られ、その分平衡感覚が狂い酔いやすくなります。
カーブの続く山道では、酔い止めを飲んでいても酔ってしまいがち。菅波さん自身も心掛けているのは「全ての動作をゆっくり丁寧にする」こと。「カーブに差し掛かってからハンドルを切るのでは遅い。カーブが見えてきたらスピードを徐々に落とし、カーブの手前から少しずつハンドルを切る。再び加速をする場合もゆっくりと丁寧に。ハンドルはカーブの出口に向かってゆっくりと戻していきます。ハンドルもアクセルも、“無段階変速”のようなイメージですね」と菅波さん。
「アウトインアウト」は人にも車にも優しい
実はハンドルを切ってから車が曲がり出すまでは時差があります。「車って自在に動かせるものと思いがちですが、実はいきなり動くことはできない乗り物なんです。全体で1.5~2tもの重い物体がバネ(サスペンション)を介して車輪に載っているのですから、ハンドル操作のワンテンポの遅れが想像したより大きな遅れにつながり、結果としてその先での急ハンドルにつながってしまう」
よく言われるカーブでの「アウトインアウト(カーブ手前は車線外寄りを走行し、頂点に向け徐々に内寄りに寄せ、カーブを出る時は外寄りへ向けて走る)」も、カーブの角度を鋭角から鈍角にすることで、物理的にタイヤの荷重が減らせる。結果、動きがゆるやかになり、同乗者にもタイヤにも優しいといえます。ただ、一般道には対向車が存在するので、危険にならない範囲で行うことが大切です」と話します。
テクニックより「見通す力」
こうした運転テクニックは、「同乗者に優しい運転」にとってはあくまで、ひとつの要素に過ぎません。菅波さんは、「プロのドライビングで一番重要なのは、周囲の状況を把握する能力」と指摘します。
「事故が起きて得する人はいないし、起きてからでは遅い。『相手が悪いから私は悪くない』という考え方は捨て、自分ができる範囲の事を全てやって欲しい」と菅波さん。例えば、前の車がウインカーを出していなくても、前方にコンビニがあり、前の車がそわそわしている様子があったら「入るかも知れないな」と予想して、手前でスピードを落とす。信号では二つ先の信号の歩行者信号を見る。「見えているものは『車』でも運転しているのは『人』。運転手の思考を想像・予測し、手前手前で認知・判断する“かもしれない運転”ができれば、事故も防ぎやすくなるし、乗り心地も良くなるんです」
逆に菅波さんが一般道を走っていて、「これは…」と思うのは、アクセルをスイッチのように踏んだり離したりする運転や、急加速、急ブレーキ、急ハンドルを繰り返す運転。「車のことや同乗者のこと、周囲の車や歩行者のこと、すべてに目配せしてできるだけ早めに判断することが、一番大切です」と話してくれました。
■菅波冬悟(すがなみ・とうご)
神戸市出身。モータースポーツ好きな父の影響で5歳でレーシングカートを始め、15歳で全日本カート選手権の最高峰であるSuper KF クラスに参戦し、スカラシップ(奨学金)制度初代認定者に。2019年8月からLEON RACINGチームに所属し、日本最高峰のスーパーGT GT300に参戦するほか、スーパー耐久シリーズなどでも活躍中。25歳。