「今年のクリスマスは5人までしか集まれないってことになったけれども、葬儀だと屋内は20人までOKだから、うちではガチョウの葬儀をすることにした。」
新型コロナ流行のご時世を反映した、なんともシニカルなドイツ流ジョークがSNS上で大きな話題になっている。
これに対し、SNSユーザーたちからは「考えが柔軟すぎて尊敬する!」「新しい生活様式にクリエイティブに抗う!いいですね〜」「ドイツにも一休さんみたいな人って居るんですね。アカンやつですけど。」「アイディアは素晴らしいけれど…イヤイヤ、それ、あかんやつでは…(´・_・`)。」など賛否両論さまざまなコメントが寄せられているのだが、そもそもドイツ人の気質やコロナ事情を知らなければこのジョークの本質は理解できないのではないだろうか。
このドイツ流ジョークを紹介したドイツ在住の作家、六草いちか(ろくそう いちか)さんにお話をうかがってみた。
中将タカノリ(以下「中将」):大反響となった今回のコロナジョークですが、ドイツ流のジョークとのことで興味深いです。ドイツ人の笑いの傾向とはどんなものなのでしょうか?
六草:マイスター制度などドイツ人の物づくりへのこだわりはよく知られていますが、そのほかにも数字や統計を非常に重視する傾向があります。各州に統計局があり、そこでは人口や出生者数、失業者数に始まり、交通事故の発生件数、車の台数、ビールやジャガイモなどの消費量、飼い犬の数や、公園や路上に植わっている木に至るまで…とにかくあらゆるものの数を数え、あらゆる観点で比較、統計し、それが毎日テレビや新聞で報じられ、お茶の間の話題になっています。
そういう気質を反映してかドイツの笑いは「理に適ったもの」「数字を扱ったもの」が多いです。今回反響があったジョークも典型的なものです。また政治への関心がかなり強いので、日頃のジョークも政治家や政治をネタにしたものが多いです。春のコロナ第一波の時は、ドイツでもトイレットペーパーが売り切れる現象が起き、食料を買い占める市民も出てきて、トイレットペーパー、乾燥パスタ、冷凍ピザなどをネタにしたものが断然増えました。
「トイレットペーパーを使ったレシピ集」(リンク)や駐車場の空き状況案内をディスカウントスーパーでのトイレットペーパー在庫数案内にコラージュした画像がSNS上で流行したり、私が聴いたラジオでは
「コロナ感染が始まってトイレットペーパーの他に冷凍食品も売り切れましたね~。冷凍ピザの棚はいつまで経っても空っぽのままで…。
…つまるところ、ドイツ人が緊急事態に信用する医師はただ一人なんですよ…Dr.Oetker」
なんていうジョークが飛び交っていました。製菓用品メーカーのドクター・エトカーは冷凍ピザでも有名なので、それにかけたジョークなんですね。
他にも「Heute kamen zwei Leute mit Atemschutzmasken zur Post. Sofort entstand Panik. Gott sei Dank war es nur ein Überfall, so haben wir uns alle schnell beruhigt.」ドイツ語では覆面のことも「マスク」と言うのでそれに引っかけて「今日、マスクをした二人組が郵便局にやってきてみんなパニックになったんだけど、なんてことない、ただの強盗だったわ」なんてジョークもありました。
中将:笑いのツボは日本と大きく違いますが、ドイツにもたしかに笑いの文化があるのですね…! 日本ではあまりコロナにかけたジョークが見られないので、対照的に感じました。ドイツでのこれまでのコロナ禍はどんな状況なのでしょうか?
六草:春の第一波の時は食料品を販売するお店以外はすべて営業禁止となり、レストランやカフェをはじめ、デパートやモール、映画館、博物館、劇場、イベント会場などすべて営業禁止になり、幼稚園、学校、大学も休校になり子どもたちは自宅待機になりました(その後、徐々にオンライン授業を導入)。ですが、ヨーロッパの他の国のように外出禁止令が出なかったので、公園を散歩したりピクニックする人が増えてそれがまた問題になったり…。
州ごとに感染状況が異なったことから夏には一律の対策が解除され、以降は州ごとに対策が組まれることになりましたが、再び支障が出てきたので11月2日からの第二波対策は全州共通に。そうすると今度は「この甘さではダメ…」というところが出て、また州ごとに微調整を始めています…。
中将:一進一退の状況に対策も混乱しているんですね…。
六草:現在、全国共通で徹底されているのは「AHA(アーハー)」と呼ばれる3つの約束ごとです。
メディアなどで紹介される時は、コロナアプリインストールのお願いがオマケでくっついていることが多いですが。
【AHA/アーハー】
・社会的距離 (国の推奨は1.5m以上。巷では2mと書いたところも多い)
・衛生管理 (手洗いと消毒)
・マスク着用
またベルリンではコロナ信号を導入して、日頃から注意喚起を行っています。
第一波の時は「頑張って自粛してコロナを封じ込めよう!」くらいの勢いでみんな頑張ってきたけど、夏に対策が解除されて旅行に出た人も多く、秋にはまた感染者が増えて、気が付くと春よりもひどい状態で不安も大きくなるし…最近は自粛疲れでみんな疲弊しています。この頃はドイツでのコロナ感染がは連日2万人を超えるという状況になっており、先日は一日に死者が590名も出てしまって、急遽、コロナ対策が強化されることになりました。春のロックダウン同様、スーパーなど食料品を扱うお店以外は営業禁止になります。 学校も休校です。州によっては夜間の外出禁止もおこなうようです。ドイツ政府は「とにかく家に留まっていてほしい、コロナにかからず人にもうつさず、生き延びてほしい!」と必死です。今年のクリスマスが「ラストクリスマス(最期のクリスマス)」 にならないよう、私たちはステイホームに励むことになります。なのでまた新たなジョークが山のように生まれて、 行き交うと思います(笑)。
中将:不安を少しでも解消するためのコロナジョーク…という見方もできますね。今回、六草さんが紹介されたジョークに対して賛否さまざまな反響がありましたが、ご感想をお聞かせください。
六草:画像を載せるでもなく投稿した140文字がこんなに広がるとは思いもしなかったので、驚きつつも喜びました。「笑いながら読んで、みなさんの日々の頑張りの足しにしてくださっているのかな…」と思ったので。「ジャーマンジョーク!」とコメントする方が多かったですが、良くも悪くもそれでよいと思いました(笑)。
けれども中には、 私の知人が本当にパーティーを実行するつもりでいると勘違いなさる方があったので、気付く範囲で「あれはドイツにありがちなジョークですよ」 とコメントして回りました。 個人的に集まれる人の上限はドイツでは法令として定められたものなので守らなければ違反行為ですし、そもそもドイツのクリスマスは日本の元旦のように、実家に戻って家族や親戚と静かに過ごす習慣で、 仲間が集まるクリスマスパーティーそのものが存在しません。
実情はそのようなものなので、 知人は私たちをクリスマスに招待する気などさらさらなく、 自身の思いつきを笑ってほしくて連絡してきたんですね。 それで私たち夫妻も、ありえない話だけれども展開が面白くて大爆笑しました。 お互いジョークとして楽しんだだけなんです(笑)。
Twitterでは、ドイツやベルリンの生活情報をメインに投稿していますが、楽しい話題や感動した事柄などは「他の方にも共有したい~!」という思いでツイートしますよ(笑)。日頃は顔を合わせることもない、 ネットの上でつながっている誰かさんと140文字を共有し、喜びや楽しみ、励ましや希望や慰めなどを共感できたと感じる時はやはり嬉しいですね。
「六草いちか(ろくそう いちか)」さんプロフィール
1962年生まれ。作家。ベルリンの歴史、生活誌、日独交流史、ドイツ映画について紹介している。1988年よりドイツ・ベルリン在住。2011年「鴎外の恋」を発表し話題に。他の著書に「それからのエリス」「いのちの証言」がある。2020年4月、森鴎外の恋人で「舞姫」のヒロイン、エリスのモデルになった女性について綴った話題作「鴎外の恋 舞姫エリスの真実」の文庫版が発売。
「鴎外の恋 舞姫エリスの真実」(河出書房新社):http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309417400/
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六草さんのお話をうかがって、このジョークが日独両国の国民性の違いやおかれている状況の違いを知る上で非常に興味深いものであることがよくわかった。良い時も悪い時も人間は笑いを欲する生き物。コロナが淘汰された時、ドイツでどのようなジョークが飛び交っているのか興味がかきたてられる。