いささかの曲折を経て、新型コロナウイルスの影響で冷え込んだ観光需要を喚起する、政府の「Go To トラベル」キャンペーンが7月22日に始まったと思ったら、やはり見切り発車だったか。観光業界とその周辺では、なお混乱が続いているようだ。旅行会社や宿泊施設には「これは補助金の対象か」といった問い合わせが相次ぎ、答えられないでいるという。制度上は配布することになっている「地域共通クーポン」は、旅行終了後に手元に届いても仕方がないといった疑問もある。そんなこんなで、株式市場では関連銘柄の動きも鈍く、期待感が盛り上がっていないのが現状だ。
少々面倒ではあるが、まずは「Go Toトラベル」の制度を確認してみよう。補助の対象は旅行会社または旅行予約サイトを通じて予約した、日帰りも含む旅行だ。宿泊施設に直接申し込む場合も補助の対象になる。金額は意外に大きい。1人1泊2万円を上限に、旅行代金の半額を補助するというもの。2人で2泊する旅行なら上限は8万円。めいっぱい利用するケースは珍しいかもしれないが、2人で2泊して16万円という、かなりぜいたくな旅行が8万円でできるとなると、お得な感じはするように思える。
ただ、いろいろ制約がある。個人で手配した航空機や鉄道などの交通機関のみの場合は、キャンペーンの補助対象外。高速道路料金も個人で支払うと対象外になる。観光地のホテルに電話で予約した場合は、宿泊料金には補助を受けられるが、ホテルに到着するまでの交通費は補助の対象外になりそう。補助金の支払い方法も全額現金ではない。補助金の支援額の3割は、9月1日から本格実施を予定する「地域共通クーポン」という商品券として旅行者に配布する。つまり旅行代金2万円の場合、補助金は旅行代金の7000円引きと、3000円の商品券に充てることになる。このほか感染が拡大している東京都内が目的地の場合と、東京都の住民はキャンペーンの対象外だ。
恩恵を受けるのは、まず割引販売によって直接の恩恵があるとみられる宿泊施設と、ネット予約を含む旅行会社だ。続いて地域共通クーポンを利用できる飲食店やみやげ物店、遊園地や水族館、スポーツ施設などの観光施設、遊覧船やタクシーなど観光地の現地交通機関になるだろう。さらに、そのうえで新幹線や航空機、高速バスといった中長距離の輸送をになう交通機関に恩恵が波及する形になるとみられる。だが、このあたりに該当する銘柄の値動きは、軒並み残念な状況だ。
旅行会社の国内最大手であるJTBは非上場だが、2位の近畿日本ツーリストとクラブツーリズムの持ち株会社であるKNT-CTホールディングス(証券コード9726)の株価を見てみよう。7月22日の終値は933円だった。3月13日に付けた年初来安値の612円から回復したとはいえ、昨年末の1478円に比べると37%安い。日経平均株価の7月22日終値は昨年末に比べて4%下回るぐらいの水準なので、値動きは見劣りすると言わざるを得ない。旅行会社3位の日本旅行の親会社であるJR西日本(9021)は7月22日に年初来安値を更新。同日終値では昨年末を45%も下回る5166円と下値を探る展開だ。
宿泊施設では、たとえば高級ホテル「リーガロイヤル」を展開するロイヤルホテル(9713)は7月22日終値が昨年末を24%下回る1257円。ビジネスホテル「ドーミーイン」を展開する共立メンテナンス(9616)も昨年末比で3割強も安い。観光地の交通機関では京都の京福電気鉄道(9049)が昨年末比で15%ほど下落、富士山周辺の富士急行(9010)も同2割ほど下落と、やはり安い。依然として運休や減便が続く空運株は言うに及ばず、日本航空(9201)やANAホールディングス(9202)は昨年末を3~4割下回る水準で推移している。
こうした観光関連銘柄では、今年の初めまで市場全体のテーマでもあった「訪日外国人観光客(インバウンド)」が、新型コロナウイルスによる入国制限の影響で機能しなくなった。加えて2〜3月は株式相場全体が急速、大幅に下落した。相場全体の動きについていくのがやっとで、観光関連会社の成長期待で買っていた個人投資家や機関投資家の持ち高整理が進んでいない可能性も残る。含み損が出ている銘柄を持っている人が多いという、いわゆる「上値にシコリがある」というやつだ。今後、仮に「Go Toトラベル」が首尾よく需要を喚起したとしても、戻り待ちの売りが出やすく、株価が出直るまでに時間がかかるかもしれない。
というわけで本筋とは別の方向で「Go To トラベル」の恩恵を考えてみることになる。新型コロナの感染拡大への警戒感から、観光需要が不発でも準備されるとみられるのは「地域共通クーポン」の券面と、問い合わせに答えるコールセンターだ。クーポン券は接触を避けるという意味で電子チケットも選べるようになる見通しだが、どの店でも必ず使えるようにと紙のクーポンを選ぶのがまだ一般的と考えられる。となると選べる銘柄は印刷株とコールセンター株だろう。
しかも印刷とコールセンターの両者に共通するのは、例の10万円の特別定額給付金の際にも活躍している銘柄だと考えられることだ。だが、特別定額給付金に反応した形跡も見当たらず、まだ恩恵が株価に織り込まれていない可能性がある。印刷といえば凸版印刷(7911)や大日本印刷(7912)。コールセンターといえばベルシステム24ホールディングス(6183)やトランスコスモス(9715)になる。これらの会社が「Go To トラベル」の関連事業を直接受注しなくても、印刷やコールセンターの業界で需要が増加してサービス価格が上昇すれば収益に寄与することになる。印刷や電話といった、いまどきではない業界に特需を生むとするならば、それもまた、このキャンペーンの間の悪さを示しているようで皮肉な話だ。