10年間牛小屋の番犬をしていたモー君 ヒモを噛み切って脱走、激務から解放されて幸せな家庭犬に

岡部 充代 岡部 充代

 鹿児島・徳之島は“闘牛”が盛んです。毎年1月、5月、10月に全島大会が開催され、それぞれ「初場所」「春場所」「秋場所」と呼ばれるそうですから、まるで大相撲のよう。

「徳之島出身の方が『牛の散歩をさせている人はよく見たが、犬を見ることはなかった』とおっしゃっていました」

 そう教えてくれたのは、徳之島など離島の保健所から犬を引き取り、関西で譲渡活動をしている『犬の合宿所in高槻』の伊藤順子さんです。

「もちろん肉牛もいるので牛小屋がたくさんある。そこには“番犬”のニーズがあるわけです。保健所に収容された犬の島内譲渡はほとんどありませんが、オスの子犬や若いオス犬だけは牛小屋の番犬として需要があると、保健所の職員さんに聞きました」(伊藤さん)

 

 モー君も牛小屋の番犬でした。11年前、子犬のときに保健所から譲渡され、ヒモにつながれたままの生活。でも、自由に動きたかったのでしょう。何度もヒモを噛み切っては脱走し、ニワトリ小屋を襲撃して苦情が出たそうです。そして2019年、とうとう保健所に逆戻り…。

 すでに10歳になっていましたから、もう島内譲渡は無理。そこで、現地のボランティアさんの協力を得て、犬の合宿所が引き取ることになりました。

「大阪で預かりボランティアをしてくれている方が二人、スポンサーとして航空貨物便の費用を出してくださったんです。そのおかげで早く引き出すことができました。そのうちのおひとりは『天国に行きたいから、あと10匹くらいは助けないといけない』と言っていたそうで、本当にありがたいですね」(伊藤さん)

 

 2019年8月に大阪へやって来たモー君…名前の由来はお分かりでしょう、牛小屋の番犬だったからです。最初は(仮名)でしたが、それが定着して今もモー君。そのモー君は大阪に来てすぐに去勢手術をしてもらい、預かりボランティアさんの家で「家庭犬」となるべく経験を積みました。

 10歳とは思えない若々しさでお散歩大好き!ヒトにリードを持たれて歩いたことがなかったからか、引っ張りが強いという難点はありましたが、人懐っこく、9月の譲渡会で早速、声が掛かりました。トライアルがうまくいけば正式譲渡のはずでしたが…。

「番犬歴10年のモー君は飼い主さんを守るためにやる気を出し過ぎて、その家に来たお客様を撃退してしまったんです。飼ってもらった以上は働かなくては!と思ったんでしょうね」(伊藤さん)

 

 結局、別の犬が交代でトライアルに行くことになり、モー君は出戻り。でも、迎えに行ったときのモー君の様子を見て、預かりボランティアさんが「うちの子に」と手を上げてくれました。

「迎えに行ったとき、すごく喜んでくれたんです。モー君の前に5~6頭預かりましたが、一緒に暮らしたいと思ったのは初めてでした。私はもう70歳を過ぎていますから若い犬は無理ですし、そもそも譲渡してもらうのも難しい。でも、保護犬の一時預かりというボランティアがあることを教えてくれた方が“後見人”になってくれたので、モー君を迎えることができました。表情が豊かで、私の言うことを一生懸命聞こうとしてくれる。かわいくてたまりませんね」

 モー君の里親になったこの男性は、来阪時にスポンサーになってくれたうちの一人。「天国に行きたいから…」と話していた方です。

 

 牛小屋の番犬や畑を守る“畑犬”は立派な仕事かもしれませんが、若いときからつながれっぱなしで自由を奪われ、多くは散歩に行くことも、ヒトに遊んでもらうこともない。365日休みなく、生涯労働の犬生を送ります。そんななか、10年目にして家庭犬になれたモー君は幸運の持ち主と言えるでしょう。今後は他の預かりっ子の“教育係”として活躍することが期待されています。

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