「3月から5月にかけての主要な収入源が絶たれる見込みとなりました」
「コロナ危機により海外からの来日案件が壊滅したためです」――
舞台芸術の分野で活躍するフリーランスの翻訳家・通訳の平野暁人さん(@aki_traducteur)が、新型コロナウイルスの感染拡大によって仕事に深刻な影響が出ていることをTwitterで明かし、同じような状況に直面している人たちから共感と同情の声が寄せられている。平野さんは「世界的な疫による中止は想定外中の想定外で、補償は一切ありません」として、活動の「自粛要請」に対する具体的な補償や、芸術に携わる人たちへの社会の理解を求めている。
補償を伴わない「自粛要請」に悲痛な声
安倍晋三首相が「これから1、2週間が瀬戸際」だとして、大規模なスポーツや文化イベントを延期ないし中止するよう求めてから、すでに1カ月が経過した。その後も感染者は増え続け、現在は国や東京都をはじめ、各自治体が「不要不急」の外出を「自粛」するよう「要請」する事態に。何の補償も示されないまま活動の「自粛」を余儀なくされ、収入を絶たれた人たちからは、悲痛な声が上がっている。
平野さんのケースはそうした「自粛」に加え、感染拡大を防止するための「入国制限」も大きく関わる。
フランス語とイタリア語を対応言語とする平野さんの主な仕事は、来日アーティストや海外での日本人アーティストの通訳と、戯曲などの翻訳。通訳の仕事の範囲は多岐にわたり、例えばフランス人の演出家が日本人の俳優を使って日本で作品をつくる場合、演出家と俳優、スタッフ間のあらゆる場面でのコミュニケーションの通訳だけでなく、飲食店やタクシーの予約、病院への付き添い、お土産探しに至るまで、公私問わずサポートすることになるという。
3月から5月にかけて仕事が壊滅状態に
平野さんによると、3月は11、12日にフランスで予定されていた日仏韓共同制作作品「その森の奥」の公演が中止に。3カ国の関係者が数年がかりで準備してきた大きな事業で、日韓での公演を終え、フランスでの千秋楽に向けて発送した舞台装置がすでに劇場に到着済み、というタイミングでの決定だった。
また月末には、フランスから日本の劇場にアーティストを招聘する企画があったが、こちらも入国制限のため中止せざるを得なくなった。さらに、フランスから日本への入国が「制限」から「拒否」に変更されたことで、4〜5月も中期・長期の拘束を伴う複数の来日案件が中止、もしくは中止を余儀なくされる見通しに。平野さんは「例年この時期は忙しく、今年は特に充実したスケジュールで嬉しい悲鳴を上げていたのに、それらが軒並みなくなってしまいました」と話す。
「中止になった案件に関して、一切の補償はありません。今回が特別というわけではなく、フリーランスの通訳業は基本的にざっくりしたオファーで仮押さえを受けることが多いので、事前に詳細な契約書を交わすのは稀なのです」
それでも平野さんは「私自身は仕事を『切られた』という物騒な経験をしたわけでもなく、この危機を乗り切った暁には必ずやもっと良い形で企画を実現させましょう、と言ってくださる人たちもいる。幸い実家も近くにあり、まだ恵まれた環境にいると思っています」と話し、先行きについてもそこまで悲観していないという。
芸術活動は「仕事」であり、「生活の糧」
ただ、一連の中止や自粛の渦中にあって、あらためて「日本では芸術活動に携わっている人たちがあまりにも軽んじられている」と感じたそうだ。「音楽や演劇の公演の自粛は『当然』で、むしろ『こんなときに演劇なんて』『遊んでいる場合ではないだろう』という視線すら感じます」と平野さんは言う。
「私たちにとってはれっきとした『仕事』であり、『生活の糧』であるという理解が広く得られていないことが残念でなりません。芸術は、経済活動の余剰として社会と暮らしに余裕があるときにだけ認めてもらえる『遊び』ではないのです」
文化庁は3月27日、「文化芸術に関わる全ての皆様へ」と題したメッセージを発表。「日本の文化芸術の灯を消してはなりません」「明けない夜はありません!」と力強い言葉を並べながらも、補償に関する具体的な話などはなかったため、「中身がない」「夜が明ける前に死ぬ人が出る」と多くの人を唖然とさせた。翌28日にあった首相会見でも、公演などの「自粛」に対する補償について、現時点では「税金で補償するのは難しい」という見解以上の方針は示されなかった。
芸術に携わる人にも尊厳ある補償を
平野さんは「明確な補償義務を伴わない『自粛要請』では、こちらのリスクのみが高すぎると言わざるを得ません」とあらためて指摘した上で、こう訴える。
「こちらが市民としての良識から『要請』を受け入れて努力した結果、失職して収入がゼロになるのでは、それは緩やかな自死と同じことです。ましてや、私たちが直面した『入国を停止する』という決定は、政府による強制力を伴っており、『自粛要請』とはレベルが違う。その措置自体は仕方ないかもしれませんが、即時発生する負荷に対する具体的な補償を併せてお約束いただきたかったと思います」
「社会とは、そこに生きるあらゆる人々を包摂する場です。そうである以上、芸術に携わる者も等しく尊厳のある補償を受けて然るべきであると考えます。そのことを1人でも多くの方に理解していただくこともまた、芸術活動に携わる人たちへの補償のあり方を考え、議論する一助になるものと信じています」