心がちぎれそうな時に読んで欲しい…絵本作家ヨシタケシンスケが新境地で描きたかった思い

広畑 千春 広畑 千春

 きみがどうしてもできなかったことや、ずっといっしょにいたかったひとや かわってほしくなかったもの。

 きみのめのまえからきえてしまって「もしもあのとき…」っておもいだすもの。

 それは、みんな もしものせかいにいるんだ。(「もしものせかい」より)

 「この本は、ただ、自分を救うために描いたんです」―。1月に出版された新作「もしものせかい」(赤ちゃんとママ社)を手に、絵本作家のヨシタケシンスケさんが微笑む。

 ヨシタケ作品といえば、デビュー作で数々の賞を総なめにした「りんごかもしれない」(ブロンズ新社、2013年)を始め、子どもの視線で現実をコミカルかつシニカルに描き、「発想絵本」というジャンルを開拓してきた。だが7年目で手掛けた今回の作品は手に取った瞬間から、全く“異質”だ。ヨシタケさん曰く「初めて誰かに依頼される前に生まれた物語」といい「自分にとっても挑戦だった」という。

 絵本は、男の子が大切にしていたロボットが昼寝をしている間にネコに連れ去られるシーンから始まる。タイトルのページをめくると、紫色の画面が一面、線でぐちゃぐちゃに塗りつぶされる。

 「詳しくお話することはできないんですが、去年の前半、僕自身がすごく楽しみにしていた未来が突然、消えてしまったんです。ものすごく落ち込んで、1~2週間ぐらい仕事も手につかず、気が付いたらボーっとしていた。僕はこの気持ちをどう捉えたらいいんだろう、どう思いたいんだろう、どう思えば気が済むんだろう…と、ずっと考えていた」

 ふと頭に浮かんだのは、両手に二つのボールを持った子どもの絵だった。今ある現実の世界と、叶わなかった未来の世界。「無くなった」のではなく「別の世界に行っただけ」と思えたなら―。知らず、物語を紡いでいる自分がいた。

 「どうしようもなく一番つらい状態、言葉は変ですが、事態が起きた途端でまだ熱々で、整理できない気持ちや勢いみたいなものを、そのまま本にしたらどうなるだろう」。折しも出版社との打ち合わせがあり、編集者に相談したところ「それでいきましょう」と即答された。

 普段は締め切りを前提に編集者も交えてストーリーを整理し、絵本を作り上げていく。「死」を扱った「このあとどうしちゃおう」(ブロンズ新社、2016年)ですら、「両親を亡くして10年経ち、ようやく『死』を自分なりに突き放して見られるようになって初めて書けた」と振り返る。だが今回は「自分にとってのリアルだったし、記録のようなもの。後になって恥ずかしくて真っ赤になるかもしれないけれど、作家として生きていく上でこういう作り方をしてみたい、と思ったんです」と頭をかく。

 とはいえ、いつものコミカルな絵本に慣れ親しんだ子どもたちに受け入れられるかは、不安だった。「この本には笑うところが一切ない。がっかりされるだろうな、と。いつも作品を見てもらう小学2年の息子にも『意味わかんない』と一蹴されましたね」

 「でも」。笑いつつ、ヨシタケさんは続ける。「それって、『選べなかった未来』がまだ無い―ということ。幸せなことですよね。幼稚園児がこの本を読んでしみじみしてたら大変(笑)。そうでなく、自分の意思とは反した事態が起きてしまった、でももう戻れない…その苦しさ、痛み、悲しみを抱えている人に届いて欲しい」

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