年間10万人にものぼるといわれる介護離職を防ごうと10月に施行された改正育児・介護休業法。各企業が介護休業の制度化や有給休暇化などの対応を急ぐ一方で、今、人事担当者の元には、若い世代の社員からの相談が目立つようになっているそうです。
先日、大阪で開かれた仕事と介護の両立をめぐるセミナー。「介護は育児と違い、誰がどんな問題を抱えているのか見えない分、対応が後手に回りがち。特に若い世代はこちらもマークできておらず、情報が上がってきにくい」。参加したある企業の人事担当者は頭を抱えます。
30代前半の営業職の男性社員は、遠方にある実家の両親が相次いで病気に。平日の日中は介護サービスを利用するものの、週末になるたび、新幹線などを乗り継いで実家に戻って世話をしていたといいますが、体力的にも精神的にも負担が積み重なっていったといいます。ですが、その状況を人事担当者が把握したのは「すぐにでも異動させて欲しい」と本人から希望が出て初めて。希望をかなえてあげたいと奔走しましたが短期間ではかなわず、社員は間もなく退職したといいます。
男性社員は、両親の状況について上司や先輩に話したことはあったようですが、そこまで深刻とは受け止められなかったのか、もしくは異動希望まで言い出せば今後にも影響すると思ったのか、人事担当に報告が上がることはありませんでした。
担当者は「介護はプライベートな問題という意識が強い。とりわけ若い社員や男性は、誰にも相談できないままに、人事に上がってきたときには、どうにもならない事態になっていることが少なくない。どうにか早く相談してくれる機会を作りたいが、新人や中堅社員だと業務や配置上の兼ね合いが難しいのも事実」と話します。
総務省の2018年社会生活基本調査によれば、2016年に15歳以上で普段家族を介護している介護者は698万7千人。そのうち15~29歳は25万8千人、30~39歳は40万3千人。5年前と比較すると、人数自体は減ったものの、介護・看護に費やす時間は30~39歳で増加し、25~39歳男性も50代以上に比べればわずかですが、増えています。
働き方改革に積極的に取り組むオフィス家具メーカー「オカムラ」(横浜市)では介護休業制度などを社員に周知するため、セミナーに加え全社員へのアンケートを定期的に実施していますが、同社でも最近では40~50代に交じり、20~30代の若い社員からの相談が寄せられるといいます。
ダイバーシティ推進室の望月浩代室長によると、本人が主な介護者である場合以外にも、母親が祖父母や父親の介護をしていて「母親を助けたい」「母親が倒れた」として介護休暇を取得したいという相談や、差し迫ってはいないものの「遠方にいる両親をどうすればいいのか」といった漠然とした不安も強いといいます。
他の企業でも同様の事例を聞くといい、望月室長は「こうした認識を人事部だけでなく上司や所属長が持つ必要がある。相談した時点で『辞めるしかないのでは』という判断に至らないよう、相談しやすい環境を整えることはもちろん、対象を主介護者に限定せず、週3、4日勤務が可能な勤務体系やテレワークの拡大など、より柔軟な対応が必要になってくるのでは」と提起します。
自らも義両親の介護と育児のダブルケアを続けながら、介護と仕事の両立を支援する「ユメコム」(京都市)常務取締役で産業カウンセラーの橋本珠美さんは、「かつて三世代同居が当たり前の時代には、親や祖父母との確執もあった。でも今は核家族化が進み、母親との結びつきは友人のように強くなり、祖父母は『どこまでも孫に甘く、甘えられる存在』になった」と指摘。「だからこそ、今の若い子たちは純粋に『助けてあげたい』『優しいおじいちゃん、おばあちゃんの最期に関わっていきたい』という思いが強い」とも。ただ一方で「そうした若い子に介護を頼りすぎてしまい、本人が行き場をなくしている場合もある」とも話し「本人のキャリアのためにも、仕事を辞めずに続けられる仕組みづくりが必要」といいます。
育児と違い、「介護」はある日突然やってくることも少なくありません。それは若い世代でも同じ。ですが、若ければその分「失ってしまう」と感じることも多いはず。働き続けられる環境とともに、その社員や経験を「お荷物」でなく、会社にとっての「財産」と捉える発想の転換も、大切なのではないでしょうか。