その当時、本田さんはチワワのモモ(メス、享年14歳)を飼っていた。「モモは父が私に贈ってくれたワンちゃんでした。私にとっては人生の大変な時期を一緒に過ごしてくれたかけがえのない子。生前から、もしモモが亡くなってしまったら…と思うだけで涙ぐんでしまうほどだったんです。来夢がやってきたのは、モモが亡くなる半年前でした。私を寂しがらせないようにと、モモが来夢へバトンを渡したのかもしれません」(同)
2016年4月に起きた熊本・大分地震では、震度6弱の強い揺れに襲われた。同宿のある地盤はうねり、建物は傾いて壁にはたくさんの亀裂が走った。別館(素泊まりの3部屋)は大丈夫だったが、本館(6部屋)は営業ができなくなり、全面的な建て替えが必要になった。
本田さんは当時をこう振り返る。「あの揺れは来夢にとっても衝撃だったのでしょう。本震後、4、5日間、姿が見えなくなり、いなくなったらどうしようと探し回りました。結局、おなかがすいて出てきたと思うんですけど、屋根裏に隠れていたようです。傾いた宿の玄関で布団を敷き、余震におびえながら一緒に寝て過ごしたのを覚えています。来夢がそばにいてくれたから、不安におびえる日々をなんとか乗り切ることができました」
2代目の祖母・トリさんが女将として切り盛りしていた時代にも、同宿は存亡の危機に見舞われた。昭和30年代、明礬温泉街で大火事が起こり、中心街はほぼ全滅。同宿も全焼したのだ。再起不能と思われたが、トリさんは逆境にめげることなく宿の再建に奮闘した。本田さんはその話を耳にしたことはあったが、詳しいことまでは知らなかった。
今年1月11日、本田さんは熊本・大分地震を乗り越えて、2年8カ月ぶりに全館リニュアルオープンを果たした。偶然にもその前日、探しものをしていたとき、祖母が見舞われた大火事を伝える当時の新聞記事の切り抜きが、古いアルバムの中から見つかった。