“猫密度日本一の温泉街かも”と言われている鹿児島県霧島市の妙見温泉。同温泉振興会会長で、宿泊施設「妙見温泉ねむ」支配人の只野公康さん(56)によると、「温泉街では7施設で計17匹の猫が飼われている」という。この2月にリニューアルオープンした同館では、長毛でオッドアイ(左右の目の色が違うこと)の「ユキ」(オス、推定6歳)が訪れる人たちの間で人気急上昇中だ。
「妙見温泉ねむ」(旧妙見ホテル)は、2月9日にリニューアルオープンしたばかり。本連載第7回で紹介した「妙見石原荘」の関連施設だ。泉質はナトリウム・カルシウム・マグネシウム炭酸水素塩泉。石原荘と同じく、熱交換器を用いて自噴する源泉を加水も貯槽もせず浴槽まで引いており、100%源泉そのままの新鮮なお湯が自慢だ。
ユキが現れたのは2018年2月初旬。夜になると同館周辺は暗く、ユキはロビーから漏れる灯りに救いを求めたのかもしれない。「薄汚れ、痩せこけて、行き倒れ寸前で玄関先に横たわっていたんです。けんかしたのか、左後脚の爪が1本めくれ、尻尾にもけがを負っていました」
お客が出入りするとびっこをひきながら少し離れたところまで退散し、遠目にロビーを眺めていた。翌日、宿泊していた家族連れの女性が、そんなユキの姿を見て、只野さんにこう言った。
「この子は入り猫だよ。きっと福を呼んでくれるはず」。「入り猫」とは「猫が家に入ってくるのは縁起がいい」ということを意味する。女性は続けた。「商売をやっている所に猫が入ってくることなんてめったにない。だからみんな代わりに招き猫の置物を置くのよ。本物の猫がこうしてやってきてくれたんだから、ぞんざいに扱っちゃだめよ」
その夜、鹿児島では珍しく雪が降った。猫を館内に入れたり、飼ったりするにはオーナーの許可が必要になる。勝手なことはできず、只野さんは寒くないようにと玄関前にダンボール箱を置き、その中で休ませてあげるのが精一杯だった。その女性はセーターをその箱の中に入れ、「ここでずっと飼ってもらいなさいね」と語りかけた。ちょうど雪の日だったので「ユキ」と呼ぶようになった。