「絵本展」と聞くと、優しくほのぼのとした世界を想像する人は多いでしょう。実際、神戸ファッション美術館で開かれている「トーベン・クールマン絵本原画展」でも、最初に来場者の口から出る言葉は、圧倒的に「かわいい」です。
主人公は小さなネズミ。レトロな街並み。机の上に並ぶ糸巻き。どこを切り取っても魅力的で、来場者は「こんな部屋、好き」「この雰囲気、かわいい」と、最初にそこで心をつかまれているように見えます。
しかも、その“かわいさ”は押しつけがましくありません。キャラクター商品的な「かわいいでしょ!」ではなく、主人公が懸命に生きていたら、結果としてかわいく見えてしまった―そんな自然さがあります。だから、見ていて疲れません。
ところが、会場を回っているうちに、来場者の顔が少しずつ変わっていきます。「あれ、この人、とんでもなく絵がうまい…?」と。
デビュー作の『リンドバーグ』は、一匹のネズミが飛行機を作り、空へ挑む物語なのですが、その世界観が妙に渋い。
夜の工房。煙るような光。濡れた石畳。斜めから差し込む街灯。映画『第三の男』や『マルタの鷹』のような、ハードボイルドな世界が広がっています。
そこに描かれるメカも凄まじい。歯車。配管。古びた工具。なんといっても、リンドバーグ愛機「スピリット・オブ・セントルイス号」のエンジン。メカ好きなら、たぶんここでうなります。「うわ、ここまで描くんか…」。
そこには、“好き”があります。単なる資料的な緻密さではありません。金属の重み。油の匂い。工具を握る感覚。メカへの愛情が、画面からにじんできます。
さらに驚かされるのが、“光”の描き方です。窓から差し込む青白い月光。濡れた床に映る反射。金属に走る鈍い光。それが水彩で描かれています。
水彩で、ここまで複雑な光を描くのは難しいと言われます。描き込めば描き込むほど、絵は重く濁りやすい。ですがクールマンの絵は、細密なのに不思議と重くありません。描き込みが増えるほど、逆に空間が立ち上がってくるようにも見えます。途中から「かわいい絵」が「すさまじい絵」に見えてきます。
そして最後にもう一段階、感情のギアが上がります。それは物語の展開に秘密があります。
クールマンのネズミたちは、すぐに成功しません。遠回りしながら、失敗しながら、それでも前へ進もうとする。その繰り返しが、異様に丁寧です。だから、ふと気づきます。「これ、ネズミ版プロジェクトXでは…?」と。
最近は、コスパよく、失敗せず、すぐ結果を出すことが求められます。ですが、クールマンの世界は逆です。何度つまずいても、考え直し、作り直す。その逆境の時間まで、美しく描いてしまうのです。人生の孤独や、執念や、消えそうにない憧れまで、静かに漂っています。
だから大人たちの足が止まるのでしょう。飛行機のエンジンを見つめながら、昔、自分が夢中だったものを思い出すかもしれません。
人生には、結果につながらなかった時間もあります。うまく飛べなかった挑戦もあります。それでも、何かを本気で好きだった時間は、たぶん消えない。クールマンの原画は、そんな記憶を静かに呼び起こしてくれる気がします。
最初は、「かわいい」。でも最後には、多くの人が少し違う顔で会場を出ていきます。「もう一回、人生やってみるか」。展覧会を出る頃には、そんな気持ちが湧いてくるかもしれません。
■「トーベン・クールマン絵本原画展」■
開催期間:2026年04月11日~2026年06月07日
開催時間:10:00~18:00 (入館は17:30まで)
開催場所:神戸ファッション美術館
住所:神戸市東灘区向洋町中2-9-1 神戸ファッションプラザ 1F
料金:一般:1,200円(1,000円)/神戸市外在住65歳以上・大学生:600円(500円)/神戸市内在住65歳以上・高校生以下:無料、( )内は有料入館者30人以上の団体料金
電話番号:078-858-0050
URL:https://www.fashionmuseum.jp/