IT企業に勤務する50代、男性の榊原さん(仮名)は、健康診断で10年以上前から糖尿病の疑いを指摘されていましたが、多忙を理由に通院を中断していました。しかし、昨年末から視力の急激な低下と倦怠感に襲われ、精査の結果「糖尿病性網膜症」と「糖尿病性腎症」が進行していることが判明しました。
それからは週3回の人工透析が必要となり、従来のフルタイム勤務は不可能になりました。住宅ローンと大学生の長男の学費を抱え、榊原さんは絶望の淵に立たされたと言います。
「自分は歩けるし、手足も動く。障害年金なんて対象外だろう」
そう諦めかけていた榊原さんでしたが、病院の医療ソーシャルワーカーとの面談をきっかけに、事態は動き始めました。
身体障害だけではない。中高年が直面する障害年金の対象疾患
障害年金制度において、受給対象となるのは身体的な欠損や麻痺だけではありません。むしろ、中高年層においては「内部疾患」や「精神疾患」による請求が大きな割合を占めています。
特にがんは、治療の副作用による倦怠感や日常生活の制限が著しい場合、受給の可能性があります。「治る見込みのない病気でなければ対象外」と勘違いされる場合がありますが、そのようなルールはなく、「労働に著しい制限があるか」が判断の基準となります。
また「障害者手帳を取得していなければ障害年金はもらえない」という誤解もありますが、障害者手帳と障害年金は全く別の制度のため、障害者手帳の取得は障害年金受給の絶対条件ではありません。
障害年金の対象となる疾患の例として、以下のようなものがあります。
▽眼・耳・肢体の障害
視力・聴力の低下、脳血管障害(脳梗塞・脳出血)による麻痺や高次脳機能障害など。
▽内部障害
人工透析(腎疾患)、心不全・ペースメーカー装着(心疾患)、肝硬変(肝疾患)、悪性新生物(がん)による著しい衰弱など。
▽難病
パーキンソン病、潰瘍性大腸炎、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など。
▽精神障害
うつ病、適応障害、アルコール精神病など。
受給の成否を分ける「初診日」の証明と5年ルールの壁
障害年金の申請において、最も高いハードルとなるのが「初診日の特定」です。
初診日とは、その障害の原因となった病気やケガについて、初めて医師等の診療を受けた日のことを指します。
・初診日に「国民年金」か「厚生年金」のどちらに加入していたか(加入要件)
・初診日の前日時点で、保険料を一定以上納付しているか(納付要件)
・原則、初診日から1年6カ月経過した日の時点で、どのような障害状態か(障害認定日)
という3点をもとに、障害年金の受給が確定します。つまり、この「初診日」がはっきりしていないと、申請そのものが却下されてしまうのです。
また、医療法(施行規則)により、病院のカルテ保存期間は「診療が完結の日から5年間」と定められています。50代で発症した合併症などの場合、初診が10年、20年以上前であるケースも珍しくありません。当時の病院が廃業していたり、カルテが廃棄されていたりすると、初診日の証明が困難になり、不支給(却下)となるリスクが高まります。
診察券、お薬手帳、当時の領収書、健康診断の結果通知書などは、初診日を客観的に証明する重要な書類です。これらを保管しておくことが、障害年金の受給に直結します。
受給額の目安
障害年金は、初診日に加入していた制度によって「障害基礎年金」のみか、「障害厚生年金」が上乗せされるかが決まります。「障害基礎年金」は1級と2級のみですが、「障害厚生年金」の場合は3級まで設定されています。
▽障害基礎年金(自営業・フリーランス・専業主婦などの国民年金保険加入者)
2025年度の基準額(概算)は以下の通りです。
1級: 約102万円/年(2級の1.25倍)+子の加算
2級: 約81万円/年 +子の加算
▽障害厚生年金(会社員・公務員などの厚生年金保険加入者)
障害基礎年金に加えて、報酬比例部分が加算されます。
1級: 障害基礎年金1級の額 +(報酬比例の年金額×1.25)+ 配偶者加給年金
2級:障害基礎年金2級の額 + 報酬比例の年金額 + 配偶者加給年金
3級: 報酬比例の年金額(2025年度の最低保証額 約61万円)
50代の会社員で、厚生年金に長期間加入している場合、受給額が増えることがあります。2級以上であれば年間200万円〜300万円程度の受給になることも。これは生活を維持し、治療に専念するための極めて重要な原資となります。
不支給を回避するための「専門家相談」ルート
障害年金の申請は、本人や家族が行うことも可能ですが、提出書類の複雑さと医学的知識の必要性から、専門家のサポートを受けることで様々な負担が軽減されます。
▽医療ソーシャルワーカー(MSW)
病院内に在籍。医療費の支払い相談とともに、障害年金の概要について助言をくれます。精神科病院やクリニックには主に精神保健福祉士、その他の一般病院には社会福祉士が医療ソーシャルワーカーとして在籍しています。
▽社会保険労務士(社労士)
障害年金申請のプロフェッショナルです。特に「病歴・就労状況等申立書」の作成において、医師の診断書と齟齬(そご)がないよう、実態を正確に記述するスキルを持っています。
不支給決定が出てから再審査請求(不服申し立て)を行うのは非常に労力がかかります。「障害年金に強い社労士」に相談し、戦略的な申請を行うことが、受給への最短距離です。なお、社労士への依頼には費用がかかりますので、依頼前に報酬体系などを確認しておくことも大切です。
生活のためのリスタート
榊原さんは、医療ソーシャルワーカーの紹介で、障害年金に詳しい社会保険労務士に相談しました。
最大の懸念だった10年前の「初診日」ですが、健康診断を受けた病院の当時の医師が紹介先を記録していたため、無事に「受診状況等証明書」を取得でき、「障害厚生年金2級」の支給が決定しました。
障害年金は、単なる手当ではありません。あなたが長年保険料を納め続けてきたからこそ行使できる、正当な「権利」であり、人生を再建するための「盾」なのです。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。