5月下旬、台湾では中国が独立派と敵視する民進党の頼清徳氏が総統に就任した。頼氏は中国と台湾は互いに隷属しないと就任式で発言したが、これは中国からすると独立宣言に等しい。そして、中国人民解放軍で台湾海峡を管轄する東部戦区は早速2日間にわたって軍事演習を行った。
軍事演習は台湾本土を包囲するように北部や東部、南部の海域、中国大陸が目の前にある金門島や馬祖島などで同時多発的に実施され、海軍、陸軍、空軍、ロケット軍が参加し、打撃訓練や戦闘準備のパトロール、実戦訓練などが行われた。今回のように台湾を包囲する軍事演習は、一昨年8月に当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問した時にも実施され、その時は発射された弾道ミサイルのうち5発が日本の排他的経済水域にも落下した。
多くの人々は、台湾を包囲する中国による軍事演習を「台湾侵攻を想定し、台湾を軍事的にけん制するもの」と捉えているだろう。日本国内のメディア報道も、そのほぼ全てが「中国軍が台湾に軍事侵攻するかしないか」、「習近平はいつ台湾侵攻を決断するか」などに焦点が当てられている。
しかし、今月と一昨年夏の軍事演習には別の側面があり、習近平は台湾領土を一切傷つけない形で台湾統一を計画している。台湾は半導体産業で世界の先端を走り続けているが、それを支えるエネルギー資源は日本と同じように非常に乏しい。台湾は石油や石炭、天然ガスなど必需的エネルギーの大半を諸外国からの輸入に頼っており、自給自足率が極めて低く、要は海上貿易を遮断されればすぐに国家として機能不全に陥る。それによって十分な電力を賄うことができなくなれば、半導体の製造もできなくなる。
中国はそれを十分に理解している。当然だが、軍事攻撃によって台湾を強制的に統一しようとすれば中国側にも多くの被害が出ることから、台湾を海上封鎖し、国家として疲弊させて機能不全に追い込み、それによって統一を主導していく方が理想だ。今回の軍事演習でも、中国軍は如何に台湾を海上封鎖するかに集中していたと考えられ、具体的な台湾侵攻よりも海上封鎖作戦が先に実行されることは間違いない。
海上封鎖は高い確率で今後実行されるだろうが、これは日本に寛大な影響を及ぼす。中国軍が軍事演習を実施する台湾の東部や南部は日本のシーレーン上にあり、東南アジアや中東、欧州やアフリカなどから日本へ向かう石油タンカーや民間商船はそこを航行する。中国軍がそこで海上封鎖を強化すれば、直接攻撃される可能性は低くても、臨検や拿捕の対象となるだけでなく、フィリピン東部を航行するなど迂回ルートを余儀なくされる恐れがある。
台湾有事、軍事侵攻にばかり注目が集まるが、海上封鎖によって台湾を疲弊させ、機能不全に陥らせ、それによって統一を達するといった「現実的な中国の狙い」に、我々はもっと注意する必要があろう。