山と川に抱かれた集落、漁港の何げない日常、展望台からのダイナミックな地形…。全国をバイクで巡っているフリーカメラマン仁科勝介さん(27)=岡山県倉敷市=がレンズを向ける先には共通点がある。平成の大合併により“失われた”旧市町村だ。その数、実に2千余。「合併前の名残があるうちに写真に収め、後世に残したい」と1年間にわたり撮影を続け、間もなく折り返しを迎える。
自宅を出発したのは2023年4月。関東、東北、北海道を回り、現在は九州を旅する。きっかけは広島大在学中の18年から約2年かけて日本の全1741市区町村を訪れた旅。合併で名前が消えた自治体の住民から「地名がなくなってさみしい」との声を聞き、今度は統合を経た全旧市町村を記録しようと決意した。
群馬県旧倉渕村(現高崎市)では、ビルが立ち並ぶ同市中心部との違いに驚き、のどかな一帯を切り取った。新潟県旧赤泊村(現佐渡市)では、古い町並みが残る漁港や水揚げ作業をする女性、荷台後部に「佐渡ヶ島 赤泊港」と書かれたトラックなどありのままの営みや風景を捉えた。
これまで約940市町村を走破し、狙いや進ちょくを自身のサイト「ふるさとの手帖(てちょう)」で公開。訪れた旧市町村の紹介や写真をはじめ、撮影場所の説明や感想、時には住民との交流も掲載している。
印象深いのが長崎県旧南串山町(現雲仙市)にある棚畑と海が望める展望台で、スマートフォンで景色を写していた中年男性。東京で働く息子に古里の写真が見たいと頼まれ、データを送るという。
サイトには男性とのやりとりを記し「おじさんは、『コンビニもない田舎ですけどね』と笑っていたけれど、東京で暮らしていたら、この景色は恋しくなる気がしたなあ」とつづった。
こうした出会いや各地の味覚などを楽しみながらも、大変なのが金銭面だ。旅の傍らイベント撮影や雑誌への寄稿で費用を工面し、ネットカフェやゲストハウスに宿泊するなどして出費を抑える。
達成は24年度中が目標。「写真を通して地元を大切に思う住民の気持ちを50年、100年後まで伝えたい」ときょうもシャッターを切る。