ウクライナ侵攻を続けるプーチン大統領に衝撃が走った。首都モスクワ郊外のクラスノゴルスクにあるコンサートホールで3月22日夜、迷彩服を着用した男たちがホール内に押し入り、現場にいた6000人あまりの観客らに向けて自動小銃を無差別に乱射し、これまでに140人以上が死亡した。
事件後、2010年代半ばごろにテロの猛威で世界を震撼させたあのイスラム国が犯行声明を出した。イスラム国はシリアとイラクで一時広大な領域(英国の国土に匹敵するほど)を実行支配していたが、2020年ごろには領域支配を喪失し、近年は目立ったテロは起こしていない。しかし、今回のテロではアフガニスタンを拠点とするイスラム国ホラサン州という地域支部の犯行が強く指摘され、国際社会は再びイスラム国の脅威に直面することになった。
この事件は、プーチン大統領にとっては大きな痛手となった。3月の大統領選挙では5選を果たし、国民からの政治的お墨付きを得たということで、今後ウクライナ侵攻をいっそう加速化させていこうとする最中に発生し、国内治安の脆弱性を内外に露呈することになった。
米国は事前に、ロシアに対してテロに注意するよう喚起していたというが、その中でテロを防げなかったことで、今後国民のプーチン政権への不満や怒りが高まる可能性もある。また、プーチン大統領は未だにウクライナの関与を指摘しているが、当然のごとくウクライナが関与しているわけでなく、これはプーチン政権への批判を交わし、ウクライナ侵攻を正当化するためのロジックでしかない。
では、なぜロシアは今回狙われたのか。イスラム国やイスラム過激派というと米国や欧州、イスラエルなどを第一の標的にしているようにも映るが、ロシアの優先順位は決して低くないのだ。
まず、イスラム国がシリアとイラクで領域を実効支配していた当時、ロシアはイスラム国と敵対するシリアのアサド政権を軍事的に支援し、ロシア自体もシリアにプレゼンスを強化。イスラム国に対する空爆などを行っていた。
また、ロシアは近年ニジェールやマリ、ブルキナファソなどアフリカへ軍事的な影響力を拡大。ロシアの民間軍事会社ワグネルが現地の軍事政権を支援し、現地で活動するイスラム国系武装勢力と対立関係にある。
さらに、プーチン政権は長年、ロシア南部チェチェンやダゲスタン、イングーシを拠点とするイスラム過激派への軍事的な締め付けを続けているが、プーチン政権を敵視するこのイスラム過激派の中からも多くの戦闘員がイスラム国に流入しており、もともとイスラム国はロシアを敵視していたと言える。
今回のテロに関与したとされるイスラム国ホラサン州は、拠点とするアフガニスタンでもロシア大使館を攻撃し、ロシア人2人が亡くなったことがある。今後、ウクライナ戦争と並行して、プーチン大統領はテロとの戦いを余儀なくされる可能性もあろう。