奇妙で不思議な話、伝説の生き物や妖怪が登場する不気味な話など、千を超える逸話を集めた貴重な書籍『大和の伝説』。昭和8年に出版されて今は絶版となっているこの本の面白さを知ってもらおうと、奈良県立図書情報館が5年前にこの本のエピソードを紹介する企画イベント『妖怪マーケット』を開催したところ、わざわざ県外からも妖怪好きが押し寄せてきたという。
この奈良版『遠野物語』とも言えるこの書物から、夏にふさわしいちょっぴり怖いお話をいくつかご紹介します。世界遺産のあのお寺にも、背筋が凍る逸話がたくさん。この夏は、そんな伝説を巡るのも楽しいかもしれません。
白毫寺⚫︎殺人&人肉食の果てに…鬼になった子ども
古刹・白毫寺で起居していた稚児はある日、付近の山で偶然まだ新しい死体を見つけた。好奇心から稚児は肉を切り取って寺に持ち帰り師に勧めたところ、それを人肉だとは思うはずもない僧は「珍味」として食したそうだ。
その後も稚児はたびたび「珍味」を食卓に出したが、やがてどうも様子がおかしいと感じた僧は、ある日に出かける稚児のあとをこっそりとつけて行くと……。稚児は暗い夜道を臆することなく歩いていき、すでに人が寝静まっている奈良の町に着いたかと思うと物陰にひっそりと隠れてしまった。やがて「カラカラ」と下駄の音がしたかと思った途端、稚児は人に飛びかかって殺害してしまった。
すべてを見てしまった僧は恐れをなして寺に逃げ帰ったが、戻ってきた稚児はいつものように、涼しい顔で新しい肉を出した。そこで僧は稚児を縛り、寺の南の山麓に捨てたと言われている。その地は以来「ちご坂」と呼ばれるようになった。
その稚児は間もなく姿を消し、その後「大江山の酒呑童子」と呼ばれ、世間を震え上がらせる恐ろしい鬼となってしまった。
大安寺・白毫寺⚫︎恐ろしい音を立てて出現する火の玉
雨の降る闇夜には、大安寺と白毫寺のそれぞれの墓地から「ジャンジャンジャン」と恐ろしい音を立てながら尾を引いた火の玉が出てくるという。二つの火の玉は奈良の南にある夫婦川の辺りでもつれあった後、朝になる頃にはそれぞれ元の墓へ帰っていく。
この火の玉の正体は、かつて心中した侍と木辻の女郎で、掟で一緒に埋められず、大安寺と白毫寺の墓に別々に埋められてしまった。そのため、魂が逢いたくて火になって出てくるという。
このジャンジャン火は、じっと見ている者の頭上にやって来ては、その人を困らせる。ある人は逃げても逃げても追いかけられてしまうので、池に飛び込んだのだが、火の玉は頭上を「ジャンジャンジャン」と彷徨っていつまでも離れない。水に沈んだり、息を吸うために顔を出したりと、朝になるまで散々苦しめられてしまったそうだ。
大安寺⚫︎寺の塔の礎石から血が噴き出した!
その昔、南都七大寺の一つ、大安寺の東西両塔は黄金造りであった。その光りは、闇の夜でも遠く山を越えて、大阪・堺の海まで照らしたと言われる。
明治初年の廃仏の頃、ひとりの石工が大安寺の塔の礎石を昔のように金に換えようとひそかに企んだ。ある夜、男はまず西塔の心礎に手をつけ、暗闇の中で徐々に石を割っていき、あともう少しで仕事が終わると思った瞬間……石の中から真っ赤な血が吹き出してきた。驚いた石工は慌てて逃げ帰ったが、やがて病に侵されて死んでしまったそうだ。
その後、誰もその礎石に手をつけることがなく、今も旧境内唯一の礎石として史跡指定地に残っている。
龍象寺⚫︎人を喰らう恐ろしい龍を天井に封印
昔、広大寺池には龍が住んでいた。時には池から出て村人を食うため、村人たちはその龍を退治することにした。そうして池のほとりに篝火を燃やし、大騒ぎをしても龍は姿を見せない。そこへ旅の武士が通りかかり「おれが退治してやろう」と池の真ん中に向けて矢を放った。
するとたちまち凄まじい雷と大暴風雨が巻き起こり、龍が池の中から飛び出してきた。武士は弓を捨てて剣を抜き斬りかかったが、龍に捕まれて空高く上ってしまった。
しばらくするとピカッと雷光があり、真っ赤な雨が降ってきた。次に大きな音がしたかと思うと、ズタズタに斬られた龍の死骸が落ちてきた。それをその場に埋めて寺を建立したのが、現在の龍象寺である。龍を退治した武士は春日明神の化身で、困っていた村人を救ってくれたのだという。
後年、百拙和尚が寺を再興した際に狩野春甫が本堂の天井に龍を描いた。ある時に百拙和尚が天井を見上げると龍のひげが水に濡れている。不思議に思って毎日見上げると、同じように濡れている。和尚は密かに夜の本堂へ忍び込むと、龍は深夜12時ごろに本堂を抜け出して広大寺池まで行き、池の水をガブガブと飲んで帰ってきた。そこで和尚は昼のうちに龍の眼に釘を打ち、ウロコを三枚墨で塗りつぶした。そうするともう龍は動かなくなったそう。今も寺の天井にその姿がある。
※以上はすべて『大和の伝説』(奈良県立図書情報館所蔵)の内容を読みやすくアレンジしたものです
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