「暗殺で、殺(や)っちゃいましょうか」―、毒針を手に不敵にほほ笑む、三白眼の陰気な男。中国地方の三大謀将の一人に挙げられる岡山ゆかりの戦国武将・宇喜多直家(1529~82年)を主人公にした4コマ漫画「殺っちゃえ!! 宇喜多さん」(リイド社)1巻が、5月末に発売された。作者の重野なおきさん=千葉県在住=に、直家を主人公に選んだ理由やその“ダーク”な魅力を聞いた。
重野さんは大学時代に漫画を描き始め、1999年に作家としてデビュー。歴史好きだったことから2008年、織田信長に仕える女忍者を主役にした「信長の忍び」(白泉社)の連載を開始、アニメ化もされるヒット作となった。「当時戦国4コマ漫画というものはほとんどなかった。他人にできないことを今やってる。この道を行こうと決意した」と振り返る。
雑誌「コミック乱ツインズ」に連載中
以来、戦国武将を主人公にした作品を多く手掛け“戦国ギャグ4コマ漫画の名手”とも呼ばれている。「殺っちゃえ―」は漫画雑誌「コミック乱ツインズ」21年4月号から連載しており、売れ行きも好調だ。
1巻では、祖父が謀殺されて全てを失った幼少期から、復讐(ふくしゅう)を果たすまでを描く。重野さんは、江戸時代の軍記や、研究書、説話などを基に作品を構成。山陽新聞社刊行の「現代語訳 備前軍記」も資料として活用し、「読みやすくて役に立っています」という。
義父を酒席で謀殺、色仕掛けに鉄砲も
城下町・岡山の礎を築いた直家だが、義父を酒席で謀殺、敵を色仕掛けや鉄砲で殺害、主家を乗っ取り下克上、同盟を結んだ毛利家から織田家への離反と、暗殺と謀略を仕組んだ話は枚挙にいとまがない。「キャラ立ちがすごい。ただの悪ではなく、戦国武将として生き残るため、必死にあがく中での行動であり、ダークヒーローとしてぜひ描きたいと思わせられた興味深い人物」と話す。
重野さんが好きな逸話に、初めて城主になっても貧乏だった直家が、家来と一緒に畑を耕し、断食して兵糧を蓄えたという伝承がある。「ただ冷酷な人ではない、人を大切にし、家臣の忠誠心も高かったところを知ってほしい」
「戦争は割に合わない」
また、描いていて、これまで自分が手掛けた歴史作品に比べて合戦の場面が少ないことに気付いたという。直家は幼少の不遇の時代、商人の下に身を寄せていた。「そこで『戦争は割に合わない。領民が死ぬと畑も耕せない。部下も死なせたくない』と、損得を学んだとしたら面白い。戦国武将は領地や金を力で奪うのが普通だが、効率を求めて違うアプローチに走った異質な武将だと思う」と分析する。「悪人という人もいるが、大なり小なり多くの武将が似たようなことをしている。直家はただ、懸命に生き抜いただけかも」
絵柄は柔らかく、物語はギャグ要素が多いが、歴史に敬意を持ち“史実は絶対に変えない”という制約をかけている。それはすなわち、登場人物は史実の通り容赦なく死んでいくということだ。直家の最初の妻は自害し、娘たちは戦略の犠牲となり、本人もいずれは奇病に倒れることが決まっている。しかし「不幸に見える終わり方でも、登場人物はみんな全力で生き抜いた。その過程を生き生きと描ければ、結末がさみしくても、読者にその人生は幸せだったと思ってもらえるのでは」と重野さん。
「直家を主人公にした漫画は少ない。一つ一つのエピソードを丁寧に、魅力たっぷりに描くつもりなので、岡山の歴史ファンに応援してほしい」と話す。単行本は全国の書店で販売中。770円。