過去の成功に固執しない 一人あたりGDPでは日本の上を行く韓国 日本企業が学ぶことは

DJ Nobby DJ Nobby

韓国に追い越された日本

日本が韓国に抜かされた。そう聞くとあなたはどう感じるでしょうか。一人あたりGDPという基準で見ると韓国はすでに日本を追い抜いており、そのGDPはさらに成長を続けています。近年の韓国のGDP成長率は目覚ましいものがあり、2000年以降日本が韓国の成長率を上回ったことは一度もありません。

日本と韓国の間には歴史的な面から見ても複雑な背景があり、特に日本統治時代は韓国国民の集団的記憶に深く刻まれて両国関係に強い影響を与えてきました。

太平洋戦争が終結した後、まずは日本が驚くべき経済発展を遂げ、GDPで世界第2位の経済大国まで上り詰めました。ただ、バブル崩壊とその後の「失われた30年」で日本経済がもがき苦しんでいる間に、今度は韓国が急成長を遂げました。

ソウル中心部を流れる川の名前を取って「漢江の奇跡」と呼ばれる急激な経済成長は、革新的なテクノロジーの開発やK-POPや映画・ドラマなどの世界的な成功を通じて韓国国民の所得水準を大きく押し上げたのです。

実は韓国はこの20年ほどの間で一人あたりのGDPがおよそ4倍となっています。もちろんそれに伴って物価も上昇していますので、4倍のお金が使えるようになったということではありませんし、中国や米国も同じ期間に大きく成長しています。ただ、1960年代前半まで韓国は北朝鮮よりも貧しい国であったことを考えると、アメリカや日本からの経済援助を得ながらも、目覚ましい成長を遂げたといえるでしょう。

トップダウンで半導体分野に積極投資

日本市場でもスマートフォンや液晶パネルなどの分野で大きなシェアを握るサムスン電子。1969年の設立以来、テレビや白物家電などを生産する総合電機メーカーとして一部日本メーカーとの合弁会社を設立するなどして成長しました。

1970年代後半からは半導体分野に積極的な投資を始めます。1980年代には日本メーカーが市場を席巻していたDRAM(半導体メモリの一種)分野では1992年にサムスンが世界シェアトップとなり、その後も韓国SKハイニクスや米マイクロンと共にDRAM市場を寡占しています。

この急成長の背景には1997〜98年に発生したアジア通貨危機などの不景気の期間においても、財閥企業特有の決断の早さを背景に投資を継続できたこと、そして官民連携による海外市場の積極開拓があります。

半導体分野では後発組だったサムスンは、迅速に大量生産体制を確立してコストを削減、品質に比べて安い価格で先行企業の顧客を切り崩すことに成功しました。

さらにその後も開発投資を継続して半導体の集積度などでも世界の最先端の技術を有するまでになっています。この期間に半導体生産に対する投資を抑制した日本企業は、大きく水をあけられることとなったのです。

さらに韓国政府は2010年代前半に、アメリカやEU、インドなどとFTA(自由貿易協定)を次々と締結、当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領の積極的なトップセールスも奏功し、サムスンは世界の総収益ランキングとして知られるFortune Global 500においてトップ20位の常連企業にまで成長しました。

成長鈍化の傾向も

半導体事業の収益を元に1994年にサムスンは携帯時電話事業に参入します。サムスンが携帯電話事業で一定の存在感を築けた背景には、韓国政府が推進したCDMA方式と呼ばれる通信方式が世界標準に発展したことがあります。

それまでの世界標準だったGSM方式で地位を築いてきた既存メーカーの勢力図を一気に塗り替えることに成功、さらにデザインやブランド構築に積極投資を行ったことで2000年代半ばには世界第3位の携帯電話メーカーとなりました。

ただ、2010年代半ばになって、中国の新興メーカーからより安価な製品が相次いで投入されたことや、自社製品の発火事故などの影響もあって世界シェアは低下傾向にあります。

また、半導体事業についても、世界最大の半導体市場である中国との関係性が悪化していることなどから、業績への影響が懸念されています。

コア事業を上手く転換できるか

世界トップレベルのシェアを誇ってきた半導体や携帯電話事業は今後成長鈍化が予測されていることから、サムスングループでは金融・バイオ・エレクトロニクス分野をコア事業として育成する方針をとっており、関連性の低い分野については事業を売却するなどの動きを見せています。

これまでの事業に固執することなく、柔軟な発想で新たな分野に対する積極投資を行って収益を分散させる企業体制からは、日本企業も学べることが多いのかもしれません。

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