漫画家に代わり、作品の電子配信を担うサービスを提供する会社「ナンバーナイン」(東京都品川区)。創業者の一人で、「ナニワトモアレ(南勝久)」をバイブルと呼ぶ小禄卓也(ころく・たくや)さん(38)から、創業のきっかけや事業のターニングポイントなどを聞いた。
創設6年半で従業員80人、「左ききのエレン」「マジで付き合う15分前」配信
同社は2016年11月、代表の小林琢磨さん(38)と荒井健太郎さん(30)、そして小禄さんの3人で設立。漫画家の作品を、漫画アプリの「ピッコマ」をはじめとする約150の電子書籍ストアに配信するサービスを中心に展開。23年3月末時点で契約作家は1655人、配信作品は「原作版 左ききのエレン(かっぴー)」や「マジで付き合う15分前(Perico)」など4000作に上る。アルバイトなど含め従業員は80人ほどになり、宮崎にも拠点を設けている。
出会いは堀江さんや佐渡島さんの漫画書評サイト
ー3人の出会いは?
「実業家の堀江貴文さんと編集者の佐渡島庸平さんが立ち上げた漫画書評サイト『マンガHONZ』です。サイトに感想を書く『レビュワー』の募集があり、応募して参加しました。僕は2期生で、小林は1期生。レビュワーの定例会が月1回あるのですが、堀江さんも佐渡島さんもいるし、初めはめちゃめちゃ緊張してました。それでも粛々とレビューを書き続けていたら、あるレビューがハネて。小林にも受け入れられて、仲良くなった感じです。14年ぐらいの話です。当時、小林はすでに別の会社を興していて、荒井はその会社でインターンをしており、その流れでナンバーナインの立ち上げにも加わりました」
NHKでは放送できない…レビューがハネた
ーどんなレビュー?
「井浦秀夫さんの『AV列伝』です。AV監督のカンパニー松尾さんとか男優のチョコボール向井さん、女優の小室友里さんたちの生きざまをドキュメンタリーで描いた作品です。レビューのタイトルは『NHKでは放送できないプロフェッショナル 仕事の流儀』とかだったと思います。職業漫画として非常に興味深かった。それがスマートニュース経由でめちゃ読まれて、定例会でも『小禄さんのレビュー、面白いね』って認められるようになりました」
ーAV列伝で認められた
「そう言っても過言ではないかもしれません。もともとちょいエロ要素を含んだ青年漫画が好きなんで、一時、定例会では名前とかけて『エロク』と呼ばれていました」
ホリエモンの出資で起業
ー漫画好きの仲間同士でなぜ起業に?
「きっかけは堀江さんです。『漫画好きが選んだ本当に面白い作品を並べた漫画アプリをやろう』と堀江さんが小林に声をかけました。で、小林は『じゃあ、僕が会社を立ち上げるので出資してください』って流れになり、小林が僕に声をかけてくれました」
ーどんな感じで誘われた?
「ある日、小林からフェイスブックのメッセンジャーで『昼飯どうですか?』って来て。渋谷の『桜丘カフェ』に行きました。すでに3年ぐらいの付き合いだったので、小林が理由もなく呼び出すことはないと分かっていました。飯食って『で、なんなんですか?』って聞いたら『会社やりませんか?』って」
ー迷いはなかった?
「かつて僕は転職サイトを運営する会社でWEB編集者をしていて、そこで取材した経営者たちから刺激を受けていた。誘われた時は教育系のスタートアップ企業に在籍し充実していましたが『起業してみるか!』ってなりました」
役割分担は営業、数字、コミュニケーション
ー創業者3人の役割は?
「シンプルに言うと、営業に強い小林、数字や仕組み化に強い荒井、コミュニケーションにたけた僕。小林がやりたいことを、僕らが肉付けして道筋を立てていく感じです」
ー立ち上げた事業はどうでしたか?
「『漫画好きが選んだ本当に面白い作品を並べた漫画アプリ』という初めの狙いは外れ、半年ぐらいで方向転換を図りました。そんな中、知り合いの漫画家さんたちと話していると『作品が電子書籍にならない』と悔やむ声を聞きました。『じゃあ、僕らが代わりにやりましょうか?』って始めたのですが、それが漫画家さんに受け入れられたので、その事業にかじを切りました」
ーなぜ、電子書籍化されてなかった?
「出版社側によって理由はいろいろあると思いますが、出版社の電子書籍化に対する優先順位が低かったのかもしれません。漫画って新刊が山のように出るし、過去作品はとりわけ埋もれていっていた。電子化するタイミングを逃していたというのはあったと思います」
「それに作家さんと直接ビジネスするって、ちょっとタブーというか。業界的にそんな雰囲気があったんですけど、僕らは出版業界にいた訳ではないから、素直に解決策を提案できた。あとは、僕らが電子配信サービスへ移行する前年の17年、漫画単行本の売上額で初めて、電子版が紙を上回りました。そんな時代の後押しもあったと思う」
「晴天のデルタブイ」などオリジナル作でヒット狙う
ー目標は?
「漫画家が作品を描き続けられる環境を整えていくことを前提に、軸とする電子配信サービスで圧倒的な地位を確立したいです。ここ2、3年で同種の事業を扱う会社が生まれてきている。あとは漫画業界にいる以上、ヒット作は作りたい。22年1月にWEBTOON(ウェブトゥーン・スマートフォンに特化した縦読み漫画)事業部を設立し、『晴天のデルタブイ』や『神血の救世主~0・00000001%を引き当て最強へ』といったオリジナルのウェブトゥーン4作を発表しました。実は僕も1作だけ、今、編集者として担当してて。早ければ7月には連載がスタートできる。現場はほかの人に任せないといけないんだけど、やっぱり作家さんとの打ち合わせは楽しいですね」