あなたの家族に障害者はいますか? 兄や姉、弟に妹…。障害のある兄弟姉妹を持つ人たちを「きょうだい児」と呼びます。両親は障害のあるきょうだいにかかりっきりになり、寂しい思いをしたり、きょうだいのことを思って胸が苦しくなったり。誰にも打ち明けられない悩みを抱え込んでしまう子たちもいます。そんな「きょうだい児」の胸の内をちょっとだけのぞいてみました。まずは、神戸市内に住む高校3年生のコウタ(18)からー。
お姉ちゃんの呼吸が止まった。
コウタには4歳年上の姉がいる。名前はユウナ。体の筋力が低下する「筋ジストロフィー」という難病だ。物心付いた頃には、お姉ちゃんは車いす。一緒にご飯を食べる時は、専用のいすに座っていた。自力で体を支えるのが難しくなり、18歳くらいからベッドで寝て過ごすようになった。
呼吸する力も弱くなり、喉から気道を切開する「気管切開手術」も受けた。手術後は一般的に話すのが難しくなるが、お姉ちゃんは、なぜかよくしゃべる。家にいると、小さな声で「お父さん、ハイチュー」「ラムネ」などと連呼してお菓子をせがんでくる。
「お姉ちゃんはうるさいから、基本、俺は自分の部屋にいる」とコウタは苦笑いだ。二十歳まで生きられるか分からないと言われたが、2021年11月にめでたく二十歳を迎えた。
しかし—。
誕生日を祝った1カ月後、お姉ちゃんは突然、肺炎を起こして入院した。呼吸が止まり、一般病棟から集中治療室(ICU)へ。両親は医師からこう告げられた。「覚悟してください。救命はしましたが、意識が戻るかどうか分かりません」
母の涙。「どうしたらいいのか…」
お姉ちゃんが生死をさまよう中、コウタは家族に負担を掛けないように、自分でご飯を作り、一人で食べた。詳しい状況は知らないまま、家で期末テストの勉強をしていた。ある日、自分の部屋を出ようとしたら、ひくっひくっと鼻をすする声が聞こえた。いつも冗談を飛ばす明るいお母さんが、泣いていた。そっとしておいた方がよさそう。リビングに飲み物を取りに行くところだったけど、やめた。
「泣いているのなんて初めて見たから、どうしていいのか分からなかった」。戸惑いと不安が入り交じり、心がざわついた。
お母さんが見た風景は?
お母さんのヒロミ(44)がお姉ちゃんの病院に行って、ご飯がない日には簡単な軽食を作る。白米にコーンスープやワカメスープを掛けたもの、お湯を入れるだけのカップ麺…。「ガスは危ないから使わない」というお母さんとの約束を守った。
テストが終わり、午前中で下校した日もそうだった。お茶漬けを作り、リビングで食べていた。座ったのは、空席だったお姉ちゃんの席。「何となく、お姉ちゃんの席からテレビってどんな風に見えるのかなと思って」
母「構ってあげられずごめんね」
ヒロミは、そんなコウタの様子をよく覚えている。
「何で、うちの娘だけこんな目に遭わないとあかんの」。家にいても、外に出ても、気が付いたら涙があふれていた。病院からの電話をいつでも受けられるように家にいた。それなのに、体の状態が悪くなることばかりを考えて、自分がご飯を食べたかすら、分からなくなっていた。
コウタのテストが終わった日、トイレからリビングに戻ると、コウタの後ろ姿が目に入った。いつ、学校から帰宅したのかも分からない。制服のシャツに、丸い背中。ぽつんとした後ろ姿が、寂しそうに見えた。息子を放ったらかしにしていた重さが心にズンときた。「ごめん。いっぱいいっぱいで、構ってあげられなかった」。心の中で思ってまた涙がこぼれた。
ありがとう、一人でいろいろしてくれて。気持ちを整えて声を掛けると、「別にいいよ」とコウタ。あっさりした返答だが、シャイな息子の優しさがしみる。「この子なりに、お姉ちゃんのこと、思ってくれていたのかな」
実は、息子の後ろ姿をこっそり撮影し、スマホに保存している。お姉ちゃんの世話に偏りがちな生活。自戒を込めて、カメラフォルダを見返した時、思い出せるように。コウタのことも大事にしないとなって。(続く)