14年間あえて言わずにいた「耳が聞こえないこと」姉妹で夢を追い続けるパン屋さんの思いと、変わらぬお客との日々

宮前 晶子 宮前 晶子

ずらりと並ぶおいしそうな焼きたてパン、いきいきと働くスタッフ、パンを買いにやってくるお客さん…。さまざまな思い、できごとが交錯する瞬間を取りあげたインスタグラム「まどパン熊本 パンで誰かのお役に立ちたい」でのある投稿が勇気づけられたと話題になりました。

投稿を担当するのは、店長・そのこさんの姉であり、まどパンの店舗設計をしたゆうこさん。まどパンや妹たちへの愛情あふれる投稿は、読み手を励ますものや見つめ直すきっかけになるものも。中でも、この夏に店長が耳が聞こえないことについて触れた投稿が大きな反響となり、耳が聞こえない家族を持つ人や障がいを持つ子どもの親、自ら病と向き合う人など多くの人からのメッセージが届きました。

パン屋への思い、姉妹のこと、インスタへの投稿について教えていただきました。

「耳が聞こえない」ことを投稿、その真意は?

お店をオープンして14年。現在は県内に3つの店舗を構える「まどパン」。ほぼ毎日投稿するインスタグラムでは、お店でのちょっとしたことを綴っていますが、そのこさんとあるお客様とのエピソードを公表した話は、50.9万回も再生されました。

「店長が耳が聞こえないのをご存知のお客様
「よっ!元気かー?」って右手を上げて、マスクを少しズラしながら挨拶してくださる。
すると店長も右手を上げてよっ!て挨拶
店とお客様以上の関係に見えて微笑ましい
感謝です」

これまで、あえて言わずにいた、そのこさんの耳が聞こえないこと。なぜ今公表したのか?と問いかけると、「これまで、障がいとパンと店の関係は、お客様には関係ないと思っていました。パンがおいしかったらいいだろう、と。でも、まどパンでパンを作る妹を見ていると、耳が聞こえないからこそ生まれ出るパンや店があるんじゃないか、と心境が変化してきました。耳が聞こえないことを注釈や言い訳にすることなく、自分の手で作った居場所で、一所懸命に働いている。そういう姿を見せること、多くの人に知っていただくことも必要かなと考えたのです」とゆうこさん。

ほんの日常の一部であるエピソードに対する、大きすぎる反響には戸惑いも。「障がいをウリにしているわけではなかったから、言葉選びって難しいな、と。今でも難しさを感じながら発信しています」。

しかし、公表によって心に残るメッセージに出会えたのはうれしかったそう。「ご本人が障がいを持っていらっしゃったり、子供さんが障がいを持っていらっしゃったりする中でも、「幸せ」と感じて暮らしておられる方が予想以上に多かったのがうれしかったです。今までは、障がい自体が不幸という人が多くて。障がいがあってもなくても、幸せや不幸はその時々で感じるものなのに…。「私の考え方が周りと少し違うのかな?」と不安になることも多かったので、とにかく、安堵しました」

出産直後に芽生えた「パン屋をやりたい!」

熊本で生まれ育ったそのこさんが、「パン屋をやりたい」と宣言したのは、2人目の子どもを出産して半年を過ぎた頃。「あと5年待って、子どもが小学生になる頃でもいいのでは」という反対の声も周囲にはありました。しかし、「育児に専念すると目の前のことに追われたり、息子が可愛くて自分の夢をあとまわしにするかもしれないから、今出したい」と考えるそのこさんの気持ちに寄り添う夫が「パン屋さんを開く夢を叶えてあげたい」と周囲を説得。お店を出すために動き始めることとなりました。

パンレシピの考案、レジ業務などまどパンに関するすべてを行うそのこさんは、地元での就職を経て、東京のフレンチ専門学校へ。「耳が聞こえないから教えるのが難しいと言われたり、特別な対応をしてもらったことはありません。先輩たちのパン作りを見て、食べて、一生懸命パンを焼いて。自分のパンづくりへの思いを理解してもらうように努力しました」とパン作りに目覚めた頃を振り返ります。

横浜のフレンチレストランで働いた後、熊本に戻り、オープンしたまどパンでは、あんバターフランスやお米パン、スコーン、パニーニやサンドイッチなどのお惣菜系パンなど90~100種類のパンを提供。しっとり、もちもち、ふわふわのパンは食べやすいサイズや形にもこだわり、子どもたちから子育て世代のパパママ、80歳代のおじいちゃんまであらゆる世代の心をギュッとつかんでいます。

そのこさんは、「いちばんうれしいのは、パンの完売。まずは毎日、健康でパンを焼きたい」とパン作りに賭ける思いを教えてくれました。

姉妹は刺激を与えて、高め合う存在

「耳が聞こえない妹と一緒に育ってきたので、使える得意な機能を伸ばせばいいと考え、長所伸展法を意識して生きてきた」と語るゆうこさん。

そのこさんがパン屋さんをオープンさせたいと言い始めた当初から、「子供が小さいうちに始めた方がパワーがある」と応援し、二級建築士であることから店舗設計を担当しました。お客さんとパンを作るスタッフたちがお互いの姿を確認できる丸見えキッチンはゆうこさんの提案で、キッチンで忙しく働くそのこさんとお客さんのアイコンタクトによるやりとりなど、心あたたまる交流をもたらしています。

パン作りに奮闘する妹・そのこさんのことを「人は、いいライバルがいると伸びる、とよく聞きますが、そういう点で、妹はいいライバル。妹が頑張っている姿を見ると、私も頑張ろうと思います」と言います。

「妹は何があっても、お店を最優先に向き合うんです。つい最近も、閉店近い時間に、「チーズドッグください」とお客様がいらっしゃいました。実は、フライアーの火を消して片付け準備に入っていたのですが、わざわざまた火を着けて、チーズドッグを揚げていました。早く片付けて家に帰ることより、目の前のお客様に喜んでもらうことに一所懸命。こういう姿を見ると、やはり初心忘るるべからずと毎日思います」。

◇ ◇

インスタグラムでは、ゆうこさんはこのように綴っています。

「店長(妹)の耳が聞こえないのはきっと神様からのプレゼント
憧れのパンを、想像する→自分の目で確認する→自分の手で生地の感覚を探る→焼き上げたパンの匂いや味を確かめる 
こういう作業に邪念なく集中できるから。
パンにごまかしはきかないし、優しい気持ちがないと美味しいパンが焼けない
これホント、不思議。 
だから、きっと神様からのプレゼントなんだと思う」。

■まどパン熊本 パンで誰かのお役に立ちたいInstagram https://www.instagram.com/madopan2009/?hl=ja

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