川上ミネさんと里山へ~その3完~鉄爺友と会う#5

ほのぼのセッションに思わず涙

沼田 伸彦 沼田 伸彦

 すべて自家製の素材を使ったぜいたくなランチが終わり、コーヒーとデザートをいただくと、ご主人がおもむろにリビングの奥にある8畳間ほどのスペースに案内してくれた。そこにはミニスタジオよろしく、各種ギター、ピアノ、電子ドラム等々、数種類の楽器が揃えられていた。

 兵庫県の山中の町で自給自足の暮らしを営むこの友人夫婦が50年近くも前に知り合うきっかけとなったのは音楽だった。お互い別々の大学に通っていたのだが、それぞれに参加していた軽音楽のサ-クル活動の場で出会い、ひかれ合って卒業前には結婚を決意した。

 その頃、ご主人が担当していたのがエレキベース。見れば一番目立つところに立てかけられている。DNAの成せる業か、すぐ近くに住む長女夫婦の子供のうち、高校に通う双子の女の子ふたりがそれぞれに音楽活動にいそしむようになったのだという。

 それがきっかけで、ご主人は何十年も離れていたギターを再び手にすることになった。目に入れても痛くない孫娘とのセッションを実現するためだった。

 そんな話を聞いているところへ、その孫娘のひとりが学校帰りの制服姿で訪ねて来た。第一線で活躍するピアニストの川上さんがやって来ることを聞かされて、お目にかかるのを楽しみにしていたようだった。その川上ミネさんのたってのリクエストで、ご主人と孫娘の演奏を聴かせてもらうことになった。

 女の子が座ったのはドラムの前、ご主人はもちろんエレキベースを構える。川上さんと私、私の友人、奥さん、居合わせたご夫婦の三女夫婦、6人が取り囲むようにして見つめる中、アイコンタクトで息を合わせてふたりの演奏が始まった。

 ちょうど私が立っている目の前、1㍍ほどのところに「ベーシスト」が立って演奏していた。おそらくふたりの時間が合えばこうして演奏を楽しんでいるに違いない。ピッタリ呼吸の合った見事なパフォーマンス。ただ、その音以上に心に残ったのは、ときには目をつぶりながら演奏に没頭するご主人の表情、様子の幸せそうだったこと。川上さんが何度も目がしらに手をやっていたのが忘れられない。

 そうするうちに、今度はもうひとりの孫娘がギターを肩に掛けて同じ制服姿でやって来た。こちらも川上さんのリクエストで、ケースからフォークギターを取り出すと、こちらは弾き語りを披露してくれた。

 こうなると真打ち登場とならざるを得ない。一家の熱い眼差しを受けて川上さんがピアノの前に座った。私自身、川上さんの演奏を生で聴くのは初めてのこと。自然や歴史をモチーフとした曲づくりが特徴で、この11月には奈良・春日大社の境内でコンサートも開いている。間合いを大切した静かな曲の流れ、一方で極低音を小刻みに叩きつけるようなシーンでの迫力に体が震えた。

 居合わせたひとりひとりが、それぞれの感性をもって心に沁み込ませたに違いない夢のようなひとときだった。このご夫婦と巡り合うきっかけをつくってくれたのはそのとき同行していた友人だったのだが、その縁を受けて今度は自分が橋渡し役となり、川上さんを巻き込んだ新しいステージを実現することができた。

 なんとも不思議で、なんとも素敵な時間を味あわせてくれた友人たち。感謝の思いは無限大だ。(この項完)

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