北朝鮮のミサイル発射が異例のペースだ。11月9日にも発射されたが、その時点で今年32回目となった。7回目の核実験の可能性も示唆されており、今後も緊張が続くそうだ。では、なぜ北朝鮮はこれまでにないペースでミサイルを発射させるのか。これには大きく2つの政治的背景がある。
1つは、停滞する米朝関係である。トランプ政権下では当初軍事的緊張が高まったものの、その後は米朝の間で3回も首脳会談が行われ、米朝関係の改善が期待された。しかし、2020年の大統領選挙の結果バイデン政権になって以降、それまでの進展は振り出しに戻った。
バイデン大統領はオバマ政権同様、“北朝鮮が核放棄に向けた行動を起こさない限り交渉に応じない”とする戦略的忍耐を重視しており、この2年あまり米朝の間では良くも悪くも何も起こっていない。バイデン政権は中国との戦略的競争を最優先課題とし、またウクライナ侵攻によって対ロシアが緊急課題となり、今日、北朝鮮問題は完全に蚊帳の外になっている。
しかし、金正恩氏は米国との国交正常化や体制保障を求めており、バイデン政権の戦略的忍耐に強い不満を抱き、米国に届く大陸間弾道ミサイルを開発・発射するなどして米国をけん制することで、バイデン政権を交渉のテーブルに引きずり下ろしたい狙いがある。
もう1つは、韓国ユン政権の誕生である。ムン前政権は北朝鮮に対して融和的な太陽政策を徹底し、南北朝鮮と米国の3カ国会談も実現するなど、金正恩氏にとっては極めて良い政治環境だった。しかし、今年5月に北朝鮮に対して厳しい姿勢を取るユン大統領が誕生したことで状況は一変した。ユン政権は対北朝鮮で日米韓3カ国の連携を重視し、米韓による合同軍事演習を強化したことで、北朝鮮も軍事的威嚇をエスカレートさせることになった。
一方、日米韓が北朝鮮への非難を強める中、中国は引き続きそれを擁護するような態度を貫いている。中国が国連の場で北朝鮮非難決議の採択に反対することは長年のことではあるが、中国には中国なりの理由がある。
まず、米中対立や台湾問題で緊張が高まる中、北朝鮮が日本や韓国、そして何より米国に対して軍事的けん制を行うことは中国にとって都合の悪い話ではない。北朝鮮が中国に代わって軍事的けん制を行っているわけではないが、北朝鮮の核ミサイル技術が高度化することによって米国の北への注意・警戒が強まり、その分、中国への注意・警戒が弱まることは習政権にとっては都合のいい話だ。
しかし、北朝鮮を擁護するような態度はいいことばかりではない。中国が核ミサイルで北朝鮮を非難しない背景には、北朝鮮の暴走を防ぐ意図もあると思われる。仮に、中国が米国や日本と同じような立場を貫けば、北朝鮮は最大の支援国を失うことになるが、そうなれば北朝鮮が核実験や核使用などさらに行動をエスカレートさせる恐れがある。
中国と北朝鮮は国境を接しており、中国としては北朝鮮による暴走によって中国国内に影響が拡大することを警戒している。これは韓国も同じような状況であるが、北朝鮮を過度に孤立させることによるリスクを両国とも考えている。
米韓双方が北朝鮮に対して態度を硬化させることで、北朝鮮は異例のペースでミサイルを発射している。米国と戦略的競争に本格的に突入し、極東地域での軍事覇権を目指す中国にとっては、北朝鮮による米国けん制は決して都合の悪い話ではなく、そこには事実上代理関係が存在する。
しかし、北朝鮮によるさらなる暴走で困るのは日米韓だけでなく、国境を接する中国もそのリスクを共有する。一見、中朝関係は対米国で利害が一致することから良好なようにも見えるが、中国にとって北朝鮮は遠からず近からずの相手といえる。