8月はじめのペロシ米下院議長の台湾訪問は、台湾有事の可能性を引き上げることになった。台湾のジョセフ・ウー外交部長(外相)は9日、中国がサイバー攻撃や偽情報の拡散、経済制裁などとともに、ペロシ米下院議長の台湾訪問を口実に軍事演習を常態化させ、台湾への侵攻する準備を着実に進めていると警告した。また、バイデン大統領も8日、これについて初めて見解を示し、台湾周辺での軍事演習の常態化、中国による圧力強化を強く懸念していると表明した。
ペロシ米下院議長の台湾訪問に強く反発してきた中国は当初、8月7日まで4日間の日程で台湾を取り囲むように軍事演習を実施する予定だったが、その後も軍事演習を続けている。中国外務省の報道官は8日、台湾は中国領土であり、みずからの領土の周辺海域で軍事演習を行っているだけだと改めてその正当性を強調した。中国は日本政府が尖閣諸島の国有化宣言を行ったことをきっかけに、中国海警局の公船を尖閣周辺に航行させる活動を常態化させたが、今回もペロシ米下院議長の台湾訪問を1つのトリガーとして、現状変更の常態化を狙うことは間違いないだろう。
もう既に米中対立は後戻りできないところまで来ている。今回のことがあっても米中双方とも引くつもりはない。習国家主席は秋の全人代で異例の3期目を目指しており、国内経済の鈍化やゼロコロナ政策によって高まる市民の不満もあり、今後も内外で強気の姿勢を堅持することは間違いない。バイデン大統領しても秋の中間選挙で勝利する必要があり、対中強硬姿勢が超党派的に支持されている中では中国に妥協する姿勢は示せない。要は、国際政治的にも緊張は高まる一方であり、今後は1つの偶発的な衝突によって事態がエスカレートしないかが懸念されるのだ。
一方、こういった状況の中、台湾に進出する企業の間では心配の声が上がっている。筆者周辺には、「これまで台湾有事は起こらないと考えてきたが、今回を機に現実問題として考える必要がある」「ウクライナは陸続きだったから退避可能だったが、海に囲まれる台湾からの退避はウクライナの比ではない」「航空便が停止すれば事実上退避できなくなる」といった現実的な声が聞かれる。
こういった心配の声は極めて現実的だ。現代日本人の危機管理意識の低さも影響してか、未だに日本世論ではこれが現実問題として議論されていないが、これまで20〜30年ほど台湾情勢をウォッチしてきても、今あるリスクは1997年の台湾海峡危機の比ではない。
21世紀に入り、中国は日本を経済力で抜き、今では米国に拮抗しつつあり、1997年と今では中国が持つ力と国家としての自信はまるで違う。しかも、今では台湾周辺で中国の軍事力を米国は抑えられない可能性が高く、その可能性は日に日に高くなる一方だ。
2万人の日本人が台湾で生活をする中、日本政府や日本国民、日本企業が台湾有事と邦人退避の問題について現実的な取り組み強化に努める時期にきている。